『定価のない本』2

<『定価のない本』2>
図書館へ予約していた『定価のない本』という本を、待つこと約7ヶ月でゲットしたのです。
古書店主の死から、戦後日本に潜む陰謀を炙りだすってか・・・面白そうである。


【定価のない本】


門井慶喜著、東京創元社、2019年刊

<「BOOK」データベース>より
神田神保町ー江戸時代より旗本の屋敷地としてその歴史は始まり、明治期は多くの学校がひしめく文化的な学生街に、そして大正十二年の関東大震災を契機に古書の街として発展してきたこの地は、終戦から一年が経ち復興を遂げつつあった。活気をとり戻した街の一隅で、ある日ひとりの古書店主が人知れずこの世を去る。男は崩落した古書の山に圧し潰されており、あたかも商売道具に殺されたかのような皮肉な最期を迎えた。古くから付き合いがあった男を悼み、同じく古書店主である琴岡庄治は事後処理を引き受けるが、間もなく事故現場では不可解な点が見付かる。行方を眩ました被害者の妻、注文帳に残された謎の名前ーさらには彼の周囲でも奇怪な事件が起こるなか、古書店主の死をめぐる探偵行は、やがて戦後日本の闇に潜む陰謀を炙りだしていく。直木賞作家の真骨頂と言うべき長編ミステリ。

<読む前の大使寸評>
古書店主の死から、戦後日本に潜む陰謀を炙りだすってか・・・面白そうである。

<図書館予約:(1/12予約、7/22受取)>

rakuten定価のない本


さらにもう少し、見てみましょう。
p18~20
<1 本に殺された> 
 学校があつまれば、学者や学生があつまる。それをめあての新刊書店、古書店もあつまる道理。神保町は、たしかに明治のむかしから「本の街」だったのだ。

 しかしながら。
 こんにちのように百軒以上もの店がたちならぶ偉観をそなえるようになったのは、じつは案外あたらしく、大正12年(1923)9月1日、あの、
「関東大震災」
 がきっかけだった。

 関東大震災は、東京じゅうの出版社、印刷会社、紙問屋、製本工場などをのきなみ倒した。
もしくは焼いた。新刊書店も同じ被害に遭ったから、ここでいったん、東京市民への本の供給ルートは途絶したことになる。唯一の例外が古書店だった。
 むろん、神保町も焼け野原になっている。

 三日三晩、猛火にさらされたあげく全店が灰になってしまった。が、そこはそれ、古本屋はむかしから新刊書店の店員よりも気転がきくというか、狡猾なのだ。彼らのうちの数人は、火がおさまるや、
「それっ」
 とばかり汽車に乗り、震災をまぬがれた浜松や、名古屋へ、仙台へ散った。そうして新刊本をどんどん買って東京へおくり、それを古本として売りだした。

 経済的に見た場合、新刊本と古本の最大のちがいは、
「定価」
 の有無にある。
 新刊本は定価にしばられるが、古本はしばられない。定価1円のものを2円で売ろうが3円50銭で売ろうが法令違反にはならず、原則としていかなる道徳的非難もあびない。そのかわり古本の世界には、
「市場の要求」
 という鉄の天井がある。ふつうの世界であれば新刊書店で1円で買えるものをわざわざ2円で買う客はいないから、それがおのずと値段の高騰をおさえる役割を果していたのだ。

 震災は、この天井をぶちこわした。
 目はしのきいた古本屋が全国各地から招来した本たちは、つぎつぎと高値の札をつけられ、それにもかかわらず飛ぶように売れた。買ったのは個人の読書家ではない。法人だ。大学や官庁や企業だった。

 彼らは震災後、建物こそ急造のバラックで何とかしたにしろ、そのなかに入れるべき資料や蔵書はのこらず焼いてしまっていた。ただちに買い直さなければ明日の業務にも支障が生じるような情況で、たよりになるのは古本屋のみ。しかも彼らには金がある。相場がうなぎのぼりになるのは、けだし当然のことだったのだ。

 しかしながら。
 古本商売の真の妙味は、じつはこの後にあるのだった。
 出版社も新刊書店も、いつまでも立ちすくんではいなかった。出版のほうではあのエネルギーのかたまりのごとき野間清治ひきいる講談社をはじめ、改造社、春陽堂、金港堂、新潮社などの主流組がつぎつぎと旺盛な活動を再開したし、新刊書店もバラックで営業を再開した。

 しかし彼らはあくまでも新しい本をつくり、新しい本を売ったのであって、本を再刊したのではない。震災前から流通していた価値ある本はやっぱり絶版(文字どおり絶版)のままだったから、古本の値段は高どまり、おおむね下落しなかった。単なるセコハンだったものが、いっせいに、
「ヴィンテージ」
 へと昇華したのだった。

 むろん一冊一冊について見れば値さがりしたものもあるが、全体としては、急騰ののちにありがちな反動的暴落がなく、これが神田神保町にいっそうの古本ブーム、というより古本屋ブームを巻き起こした。

 最盛期はじつに三百軒もの業者が軒をならべていたというから密なことおびただしい。この街は、このとき真の意味で、
「本の街」
 になった。大正末年のことと見ていいだろう。


『定価のない本』1

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