『日本古代語と朝鮮語』2

<『日本古代語と朝鮮語』2>
父親から受け継いだ「日本古代語と朝鮮語」という本であるが、終戦時には朝鮮で小学校の教員だった父の経歴から、朝鮮関係の蔵書が充実しています。

かなり専門的な本で、特に漢字、文化の伝来について述べられているのが、興味深いのでおます。


【日本古代語と朝鮮語】
古代語
大野晋編「日本古代語と朝鮮語」毎日新聞社、1975年刊

<「BOOK」データベースより>
アマゾンでは古書となるこの本にはデータもレビューもありません。
で、この本の感想とエッセンスです。

<大使寸評>
漢字が渡来した時期の日本語はどんな言葉だったのか?という興味がわくし・・・
中国に過剰適応してしまった朝鮮では、漢文はどう読まれたか?
とにかく大使の関心は漢字にむかうわけです。

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「日本古代語と朝鮮語」というシンポジウムを、見てみましょう。
大野晋(学習院大学教授・国語)
長田夏樹(神戸市立外国語大学教授・モンゴル語)
馬渕和夫(筑波大学教授・国語)
鈴木武樹(明治大学教授・独文学)
p127~129
<朝鮮半島の種族構成>
鈴木:これから「日本古代語と朝鮮語」というテーマでお話し願います。これまで現代日本語と朝鮮語を比較することはかなり行われていますけれども、きょうは現代語には言及しないで、八世紀から十世紀を下限として、それ以後は参考程度にしたいと思います。ただ、古代朝鮮語はまだかなり復元が難航しておりますので、朝鮮語に関しては現代朝鮮語を引用くださってもかまいません。朝鮮語に関しては通時的に、日本語に関してだけは古代日本語に限ってお話しいただきたいというのが第一点です。

 それから講演で馬渕先生のほうからお話がありましたように、朝鮮語と日本語との関係を研究する際には、第一に同系論の立場からのものがあると思います。二番目には、日本語と朝鮮語とは、まったく関係ない言葉であうが、単語・文法の借用の関係があるとするものがございます。三番目は、朝鮮語は日本語の構成要素の一部であるという立場です。馬渕先生の用語を使わせていただければ、要素関係ですね。こういう三つに大別できると思います。

 これまでの『外来語辞典』といえば、必ず西洋語から日本語に入った言葉の『外来語辞典』でありまして、中国語から日本語に入ったもの(そのなかにはヤマト言葉とわれわれが思っているものもあると思いますが)また朝鮮語から日本語に入った外来語といったものは、これまでの『外来語辞典』にはまったく入っていない。これは非常に、問題だと思っています。
 
 そこできょうは一語でも朝鮮語からの借用語があれば、日本語と朝鮮語は関係があるという前提から出発したい・・・そしてその関係が借用語の関係なのか、あるいは朝鮮語が日本語の構成要素の一部であるのか、あるいは日本語と朝鮮語は元来同じ系統の言葉であるのかという三つの問題にしぼりたいと、考えています。

 もう一つ、「日本」という呼称は670年以後に使われておりますので、それ以前に関しては、いわゆる「日本語」については「倭国語」という言葉を使い、倭国という国がまだなかった時代、四世紀以前に関しては「倭国語」と定義しておきたいと思います。

 それ以前の言葉に関して言及なさる場合は、便宜的に旧石器時代と新石器時代を合わせて「石器時代語」というようにお話しいただきたい。したがって八世紀以後から「古代日本語」という言葉を使っていただきます。このように一応定義しておきませんと、それぞれの方が、「原始日本語」とか「古代日本語」という表現をなさる場合に、時間的拡がりが曖昧になりますので、みなさんのご了承を得たいと思います。これはこのシンポジウムのなかだけですので、よろしくお願いいたします。

 さらに、このシンポジウムは「日本古代語と朝鮮語」というテーマですので、<東アジアの古代文化を考える>という会の性格上、言語のおよぶ範囲をあらかじめ想定しておきたい。そういう意味で、西のほうはモンゴルからチベットまでの言語と朝鮮語および日本語の関係を、また南のほうは中国江南、ベトナム、インドネシア、メラネシア、ポリネシアあたりまでの言語と朝鮮語あるいは日本語の関係を論じていただき、なるべくそれ以外の範囲に拡がることのないようにして、時間を節約したいと考えております。

 前置きはそのくらいにして本題に入りたいと思いますが、講演では長田先生に、朝鮮語のなかの北方的要素という形でお話しいただきました。その点に関してわれわれが非常に疑問に思いますのは、倭人語、もしくは石器時代語としての日本語のアルタイル語化ということがよくいわれますが、それがすでに朝鮮半島のなかで行われたのかどうかという点です。

 つまり朝鮮半島内部に南方系の種族があって、それに北方的の要素がかぶさってきたのか、それとも朝鮮半島の韓民族あるいは朝鮮民族というのは南方的要素がないのかといったことが、私たちとしては知りたいわけです。

 たとえば、ロシアの民族学者であるジャリガシノバに「朝鮮民族の民族形成における北方系・南方系要素の相互関係について」という論文がありますが、その中で彼女は、朝鮮半島の韓民族、あるいは半島の南部に住んでいる民族はインドネシア系であるようなことをいっております。ちょっと紹介しますと・・・

「朝鮮半島の住民と南方のインドネシア人の世界との相互関係は、はるかな古代に根ざしている。このことは形質人類学的な資料でもって実証されている。(中略) 朝鮮語とインドネシア語とのあいだの言語的な類偏があるのを見れば、その間に明確な関連があることが示される。それらは大部分、稲作文化と関連を持つ語彙である。ついでながら、稲作文化の朝鮮半島における痕跡は金石併用時代の遺跡にまでさかのぼる。(後略)」


p159
<漢字の訓読み>
鈴木:ところで、朝鮮では漢字の万葉仮名的な一字一音的な表記がありますね。それから、かなり早い時代に、漢字の意味をそのまま朝鮮語に当てはめたり、あるいは訓読みのような形で使ったりしていますが、これについてお話ししていただけませんか。

大野:「郷歌」の文字のつかいかたは、『万葉集』の巻一、巻ニなどの古い書き方に非常によく似ていますよ。むしろ一字一音という『古事記』の表記は新しいんですね。そして意図的にきちっと整理して使ったものです。

『万葉集』巻五は、大伴旅人の歌に、当時唐の都に留学したという山上憶良の歌などを収めたものですが、これは一字一音になっている。それから東国の歌を集めた巻十四・・・これがまた東歌で大和地方とは非常に言葉が違っているものだから、手直ししてある。これは時代にどうも問題があります。

 巻十五が新羅に遣使された人たちのもので、これも一字一音、巻の十七も一時一音の使い方をしているんですね。巻十七、十八、十九、二十はそれぞれ用字法が違っているので、これはおそらくさまざまの書き方がしてあるのを四人の人に一字一音に直させたんだろうというのが私の見解です。

 ともかく『古事記』の方式のほうが新しいのです。むしろ『万葉集』だけについていえば、巻一、巻ニなどは音もあり訓もあり、その他いろいろに当てて使う点で、郷歌の書き方と同じなんです。だから私は郷歌における漢字の使い方をいろいろ専門家の方に伺いたいんだけれども、とにかく場合によっては、『万葉集』の古い時代の書き方は、朝鮮から習ったものであり、それを日本的に当てはめたものであると考えます。


『日本古代語と朝鮮語』1

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