『AIが神になる日』2

<『AIが神になる日』2>
図書館で『AIが神になる日』という本を手にしたのです。
このところAIがらみの本を読んでいるが・・・
ついAIのマイナス面が気になるのです。



【AIが神になる日】


松本徹三著、SBクリエイティブ、2017年刊

<「BOOK」データベース>より
シンギュラリティーに到達した究極のAIは、人類に何をもたらすか?
【目次】
第1章 シンギュラリティーに向かうAI(AIとは何か?/シンギュラリティーとは何か? ほか)/第2章 人間と「神」(人間は太古の昔から「神」を信じた/宗教の変貌 ほか)/第3章 すべての「人間的なもの」(AIと人間との違い/「愛」とは何か?「憎しみ」とは何か? ほか)/第4章 AIと向かい合う哲学(人は、実はいつも「哲学」している/「人間的」であるということ ほか

<読む前の大使寸評>
このところAIがらみの本を読んでいるが・・・
ついAIのマイナス面が気になるのです。

rakutenAIが神になる日


AIと向き合う際の心構えを、見てみましょう。
p41~43 
<人間はAIとどう向き合うべきか?>
 農業と牧畜は、権力者が現れて国というものを成立させたという点で、人間社会を抜本的に変えました。

 さらに、産業革命は、欧米諸国の帝国主義的な植民地獲得競争を惹起し、世界の精力図を変えました。新しい武器の相次ぐ開発は、かつては英雄的なものとみなされていた戦争を、「国家間の大量無差別殺戮の連鎖」という凶悪で悲惨なものに変えました。

 しかし、コンピューターと高速データ通信の分野での技術革新がもたらす「第二の産業革命」が人間社会にもたらす変化は、いまだ端緒についたばかりというべきで、その将来像はまだ十分には見通せていません。

<第一次・第二次の産業革命で起こったこと>
 かつて多くの人たちが「機械が人間の仕事を奪う」と考えて戦々恐々でしたが、ふたを開けてみると、むしろ仕事は増えました。たとえば、19世紀の英国では、自動織機の導入で、一定量の織物を織るのにかかる人手は大幅に減りましたが、こうして作られた織物が世界中に輸出されるようになったので、仕事は減るどころかかえって増えたのです。

 そのうえ、少しだけ高い収入を得るに至った織物工場の労働者たちは、そのそれぞれが「少しだけ贅沢な消費者」へと変貌し、紅茶や砂糖や陶磁器などを求めるようになりました。その結果として、こういったものを輸入する仕事が生まれ、これに伴って、人々の働く場も広がっていきました。

 こうして、「資本主義体制下での繁栄」の図式が、「階級対立に起因するさまざまな軋轢」や「景気の変動がもたらす深刻な社会的不安」という大きな問題を生み出しながらも、まがりなりにも実現していったのです。

 コンピューターの導入は今のところこの延長線上にあります。機械化が人間の筋力や指先を代替したのに対し、コンピューターは計算や作表などに使われる人間の脳の働きを代替するわけですが、これについても、かつて「機械に職を奪われることを危惧したが、実際には杞憂に終わった」のと同じことが、当面は起こっています。

 できあがった方式に従って単純に計算するのではなく、その方式を作ることに人間の脳が使われるようになり、全体の仕事量は確実に増えているのです。

<先進地域と発展途上地域の双方が抱える問題>
 仕事量は市場の拡大によって増えます。これまでは食うや食わずだった人たちが普通に食べられるようになって、良質の住居や衣類を求め、家電製品のような耐久消費財を次々に求めるようになってきていたので、この好循環が、これまではほぼ切れ目なく続いてきました。
 しかし、現時点では、先進諸国ではもはやそれは頭打ちになりつつあるように見受けられます。多くの人たちの間に「消費疲れ」が蔓延してきているようです。

 どこにいても、何をしていても、押し付けがましいほどの「宣伝の洪水」が押し寄せてくるので、「もう、放っておいてください。私は私の流儀で気楽に暮らしますから」という人たちが、日増しに多くなっているように感じているのは私だけでしょうか?人々は、もはや物質的な豊かさを極端なまでには追求せず、精神的な満足をより多く求めていくのではないかと思われます。


『AIが神になる日』1

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