揺れ動く民主主義

<揺れ動く民主主義>
  英オックスフォード大学教授がインタビューで、日本政治は「一党支配の果て、責任野党が育たず中道左派は不在」と説いているので、紹介します。

英オックスフォード大学教授
(英オックスフォード大学教授へのインタビューを8/21デジタル朝日から転記しました)

 戦後日本は来年70年を迎える。戦前との大きな違いは、国民が主人公の民主主義体制を築いたことだ。その歩みは、高度成長の時代に安定期を得たが、「失われた20年」を経て、大きく揺れ動いている。戦後政治の潮流をどうみるべきか。英国を代表する日本政治の研究者、アーサー・ストックウィン・オックスフォード大名誉教授に聞いた。

Q:この70年間の日本の民主主義を、どう評価していますか。
A:戦前にも大正デモクラシーがありましたが、国民主権や法の支配に基づく確固とした民主主義が現れたのは、戦後です。占領軍によって『上から与えられた民主主義』との批判もありますが、その後が大事です。民主主義は制度として定着し、国民に強く支持されています。日本の戦後体制は、まちがいなく民主主義と呼んでよいものです。ただし、独特の特徴があります。

Q:どんな特徴でしょう。
A:ひとつは保守勢力による一党支配の時代が長く続いたこと。もうひとつは、官僚制が非常に強い影響力を持っていたこと。最後の特徴は、軽武装路線。憲法9条により軍事力とその使用が制約されたことです。

Q:しかし、その一党支配は、選挙で選ばれた一党支配でした。
A:ある頻度で政権交代することが、民主主義にとって必要条件なのかどうか、という問いですね。英国では、1945年から現在まで8回の政権交代がありました。日本は、戦後の混乱期とごく短い細川・羽田両内閣の時期をのぞくと、自民党が2009年の総選挙で民主党に敗れるまで政権党でした。そして12年には政権に戻っています。

 選挙で選ばれているので、この一党支配を非民主的だとは言えません。ただ、同じ党が政権を独占するマイナスがあります。既得権益を守る政官財の『鉄の三角形』が生まれて、腐敗が生じやすい。いっぽう、経済成長期においては、政策が持続する強みがあります。

Q:高度成長の時代ですね。
A:先ほど述べた、一党支配・官僚優位・軽武装という戦後システムは、50年代から80年代の終わりまでは、うまく機能していました。

 民主主義が育つには、安定した環境が必要でした。冷戦下では日米安保がそれを提供しました。安保をめぐって当初は政治的混乱がありましたし、自民党政権には汚職がつきものでした。それでも80年代までには、戦後体制は、国民に広く受け入れられ、機能する民主主義になったと思います。

Q:どこが戦後の分水嶺ですか。
A:90年代の初頭でしょう。冷戦の終わりと、バブル経済の崩壊が重なりました。従来の体制ではうまくいかないことが明らかになりました。それから、日本ではいく度も改革の試みがありました。

 93年に自民党が下野して生まれた細川内閣のときに、衆院の選挙制度改革で合意しました。90年代後半、橋本内閣は、内閣機能を強化する行政改革を決めました。そして、21世紀に入ってからは郵政民営化に代表される小泉改革が続きます。

     ■     ■
Q:衆院の選挙制度で小選挙区を導入したのは、英国がお手本です。
A:私も09年6月に、英国を視察に来た菅直人さんにお会いしたことがあります。菅さんからは、英国の与党の働きについて、かなり細かい質問を受けました。

Q:政権交代可能な政治を目指した選挙制度は、大混乱を生みました。英国とはだいぶ違うようです。
A:英国の政党は、保守党が18世紀から、労働党も20世紀初頭からの長い歴史があります。何度も政権交代を繰り返し、様々な経験を学んでいます。日本の民主党は、政党誕生から政権を取るまでわずか13年。
 しかも、その間にくるくると党首を代えています。意思決定でも、党が政府の政策にどうからむのか明確ではない。地方組織も育っていない。マニフェストにも矛盾があった。指導者間の確執が強くて、東日本大震災の後でも足を引っ張り合う。政権の準備が出来ていませんでした。

Q:政治の混乱の原因に、選挙制度の問題がありませんか。
A:政党政治と選挙制度は、相互に影響し合う関係にありますが、肝心なのはしっかりとした責任ある野党が育つかどうかです。戦後、野党の歴史は、失敗の歴史でした。社会党は長い間野党第1党でしたが、政権を取ろうとする意思がありませんでした。
 私は60年代から社会党の研究を始めましたが、彼らは政権に入るのを怖がっているようにさえ見えました。社会党は労働組合の総評と進歩的知識人の政党でした。
 イデオロギー色があまりに強く、総評に依存して国民への広がりに欠けました。細かい理論闘争ばかりを繰り返し、党綱領がマルクス主義から脱するのは80年代で、時すでに遅すぎたのです。

 英国には労働党、ドイツには社会民主党があり、それぞれ幾度も政権を担当しています。日本の社会党の『安保条約廃棄』のような硬直したイデオロギー的立場はとっていません。日本には、政権を担当できるセンターレフト(中道左派)の野党が育たなかった。それが、民主党の失敗までつながっています。

Q:今の政治は、一強多弱です。
A:12年の選挙で、民主党は総崩れだった。社民党は消えかかっているし、共産党も弱い。維新やみんなの党は右寄り。連立政権に入っている公明党はナショナリズム色は薄いはずなのに、集団的自衛権の問題では歯止めにならなかった。

 先ほど述べたセンターレフトがぽっかり空いているのです。世論調査を見ると、憲法改正、とくに9条改正については反対の声が増えています。国会が、国民の意見の分布を反映していません。政党の役割は、国民の要求をくみとり、それを提案にまとめ、具体的な政策にすることにあるのに、その責任を果たす野党があまりに力不足です。

Q:民主党は再生できますか。
A:道は険しいでしょうが、他にセンターレフトを埋める政党は見あたりません。再生のカギは、魅力的で整合性のある綱領をつくれるかどうかでしょう。社会保障に重点を置くこと、そして経済や外交の政策を現実主義的なものにすることです。一歩一歩進んでいくしかありません。安倍政権は様々な問題をかかえていますから、やり方次第では、再建は不可能ではないと思います。

     ■     ■

Q:その安倍政権に対する英国での評価はどうですか。
A:日本専門家の見方は割れています。経済に力点を置く人は、アベノミクスへの期待が高い。民主主義や憲法に関心のある人は、政権の右翼的ナショナリズムに強い懸念を持っています。
 中国の台頭や、北朝鮮の問題が、そうしたナショナリズムが支持される背景にあると思いますが、日本の外交にとってはマイナスです。特に昨年末の首相の靖国神社参拝が、欧米においても安倍晋三首相への警戒感を強めました。

Q:首相は「戦後レジームからの脱却」を唱えていますが、戦後が終わるという感覚をお持ちですか。
A:戦後日本の顕著な特徴は、戦争というものへの不安、懸念でしょう。再び日本が戦争に巻き込まれてはいけない。その危険性に対する感覚は、国民の間で弱まってはいるでしょうが、消えてはいません。

 明治から敗戦まで、日本はほぼ10年ごとに戦争をしています。戦後はいっさい戦争をしていません。帝国主義の時代と現代とは環境が違いますが、国民の意識の上で、この違いは大きい。ほとんどの人は、戦争のなかった戦後をよい時代と見ているのではないでしょうか。

 今の日本人に必要なのは、もういちど1920年代、30年代、そして戦争の時代へと、日本の政治がどういう軌跡をたどったか学び直すことではないでしょうか。近現代史は微妙な問題だからという理由で、学校でもちゃんと教えていない。その結果、過去に起きたことについて、今の日本人は驚くほど知識がない。これは非常に危険であり、望ましくないことだと思っています。

Q:ふつうの人々が政治にもっと関心を持つことも、大事です。
A:かつて60年代、70年代に、日本で市民運動が高揚しましたが、ひとつは当時のベトナム戦争が、戦争の危険性をリアルに意識させたからです。また、公害などの争点は、暮らしに直結する具体的な問題でした。

 それが80年代の豊かさの中で、個人に関心が移り、さらに、その後は経済が停滞したことで、政治意識の保守化が進みました。現在は、原発再稼働や集団的自衛権などへの批判から、街頭デモが復活しています。再び参加意識が高まっているように見えますが、その社会的、政治的意味合いについては、もうすこし実態をみて判断したいと思います。  
   *
Arthur Stockwin:英オックスフォード大学名誉教授 1935年生まれ。オックスフォード大日産日本問題研究所長を20年あまり務めた。英文の著書に「現代日本政治事典」など。

<取材を終えて>
 日本の戦後を語るとき、まず問われるのは、戦後民主主義の評価だろう。教授の指摘で一番印象に残ったのは、戦争の記憶が、いかに深いところで、私たちの政治の見方を規定しているかということだった。その戦争が、いま歴史の遠景にひいていく。今後は何を民主主義の支えとするのか。それを考えねばならない。(編集委員・三浦俊章)


揺れ動く民主主義英オックスフォード大学教授2014.8.21



"揺れ動く民主主義" へのコメントを書く

お名前
メールアドレス
ホームページアドレス
コメント