<『若い読者のための短編小説案内』

<『若い読者のための短編小説案内』>
図書館で『若い読者のための短編小説案内』という本を手にしたのです。
村上春樹が取りあげた作者、作品に、時代の古さが感じられます。


【若い読者のための短編小説案内】


村上春樹著、文藝春秋、1998年刊

<「BOOK」データベース>より
戦後日本の代表的な作家六人の短編小説を、村上春樹さんがまったく新しい視点から読み解く画期的な試みです。「吉行淳之介の不器用さの魅力」「安岡章太郎の作為について」「丸谷才一と変身術」…。自らの創作の秘訣も明かしながら論じる刺激いっぱいの読書案内。
【目次】
吉行淳之介「水の畔り」/小島信夫「馬」/安岡章太郎「ガラスの靴」/庄野潤三「静物」/丸谷才一「樹影譚」/長谷川四郎「阿久正の話」

<読む前の大使寸評>
借りたのは1998年刊の単行本である。
村上春樹が取りあげた作者、作品に、時代の古さが感じられます。
(表紙は2004年刊の文春文庫のものです)

rakuten若い読者のための短編小説案内


最終章の長谷川四郎「阿久正の話」を、見てみましょう。
p195~200
 個人的にはやはり初期の作品群を取りたいし、ほかの多くの読者もたぶん同じ気持ちじゃないかと推察します。長谷川四郎といえば、といえば、戦後間もなくのころに書かれた「大陸もの」・・・これで決まりだろうと。

 しかし僕はあえてこれらの定評ある「大陸もの」を全部はずして、戦後日本の社会を題材に取った短編「阿久正の話」を、今回のテキストとして選ぶことにしました。実を言うと、いちばん最初にぱっと「阿久正の話」が頭に浮んだんです。これでいこうと。

 何かひとつだけ選んで長谷川四郎を論じるとしたら、これしかないんじゃないかと感じたわけです。とくに根拠もなく。ただ「どうしてこれなんだ?」というのが自分の中でもはっきりとしなかった。だからあれこれと悩んじゃったわけです。

「阿久正の話」というのは、長谷川四郎の作品をある程度系統的に読んでいくと、魚の骨が喉にひっかかるみたいに、読者の(少なくとも僕の)心にひっかかってくる話なんです。読むときにはすっと読んでしまうんだけれど、読み終えてから簡単に忘れてしまうことができない。

 同じ短編集に入っているほかの幾つかの短編なんてずいぶん忘れてしまっているのに、この作品だけは妙にくっきりと細かいところまで記憶に残っています。でもそれがどうしてなのか、いったい具体的に何が僕の意識にひっかかるのか、もうひとつよくわかりませんでした。だから今回何度も繰り返して、河原の石をいちいちひっくり返すみたいに、細部まで丁寧に読んでみたんですが、それでもまだはっきりしない。不思議な小説です。
(中略)

 僕としてはむしろこの作品を大事な手がかりにして、彼の「大陸もの」がなぜかくも魅力的になり得たのかについて、さかのぼって考えてみたいと思うのです。どうして長谷川四郎は「大陸もの」を書いていたころのとくべつな何かを、戦後日本の風土の中で失っていったのだろう?
 なぜそれは失われないわけにはいかなかったのか?つまり長谷川四郎という作家の優れた特質と、その限界はどのあたりにあったのか、ということですね。

 最初に大陸時代の長谷川四郎の略歴のようなものをざっと簡単に紹介しておきたいと思います。長谷川は1937年に28歳で南満州鉄道に入社し、大連に渡りました。この会社は当時としてはかなりリベラルな雰囲気のところだったようです。ここで彼はロシア語を習得し、42年には満鉄を辞めて満州国協和会調査部というところに入ります。

 ここにいるあいだに彼はアルセーニエフの「デルスウ・ウザーラ」(黒澤明の映画化で有名)を翻訳出版します。きっとけっこう暇があったのでしょうね。44年3月には軍隊に召集され、ソ連との国境に近いハイラルの勤務になります。しかしその部隊は間もなく南方戦線に移動し、途中で輸送船を沈められて全滅します。

 ただ長谷川だけは一人、ロシア語ができるという理由でで移動から外されて北方勤務を続け、幸運にも生き残ります。45年ソ連参戦により降伏、その後捕虜として5年間にわたりシベリア各地で肉体労働に就きます。

 部隊の南方への移動から外されたということもそうですが、長谷川はこのほかにも一度奇跡的な命拾いをしています。それはソ連が参戦した8月のことです。そのときに彼はソ満国境での監視哨に勤務していたのですが、訪ねてきた奥さんに満州里で面会するために数日間部隊を留守にしているあいだにソ連軍の侵攻があり、その監視哨はあっけなく全滅しています。そうしてみると、長谷川四郎という人は本当に強運のもとに生れてきたとしかいいようがない。


1998年刊の『村上春樹、方法としての小説』を読んだところであるが、同時期に出されたこの本と比べるのも興味深いのです。
『村上春樹、方法としての小説』1:初期の三部作

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