『四畳半神話体系』1

<『四畳半神話体系』1>
図書館に予約していた『四畳半神話体系』という本を、待つこと5日でゲットしたのです。
あれ?小説を予約したつもりだったが、内容は多角的アンソロジーになっているがな。
入手した本の正式名は『四畳半神話体系 公式読本』(太田出版)となっています。


【四畳半神話体系】


森見登美彦著、KADOKAWA、2008年刊

<「BOOK」データベース>より
私は冴えない大学3回生。バラ色のキャンパスライフを想像していたのに、現実はほど遠い。悪友の小津には振り回され、謎の自由人・樋口師匠には無理な要求をされ、孤高の乙女・明石さんとは、なかなかお近づきになれない。いっそのこと、ぴかぴかの1回生に戻って大学生活をやり直したい!さ迷い込んだ4つの並行世界で繰り広げられる、滅法おかしくて、ちょっぴりほろ苦い青春ストーリー。

<読む前の大使寸評>
あれ?小説を予約したつもりだったが、内容は多角的アンソロジーになっているがな。
入手した本の正式名は『四畳半神話体系 公式読本』(太田出版)となっています。

<図書館予約:(9/19予約、9/24)受取>

rakuten四畳半神話体系



著者の自己紹介と京都案内のような箇所を、見てみましょう。
p7~10
<四畳半時代の幕開け>
 私が京都大学の農学部に入学したのは、1998年4月のことである。
 今から12年前になる。
 私は奈良の出身であるから、最初のうちは奈良から通ってもよいと思っていた。家を出たくてウズウズしているような独立心旺盛な若者ではなかったからである。

 しかし我が父は、息子を下宿させてやらねばならぬというふうに思っていた。父は学生時代、京大の工学部に在籍していたのだが、当時の父は大阪の実家から通っていた。院生時代は下宿したものの、当時は「間借り」である。自分がそういう暮らしをしたから、息子には最初から「アパート暮らし」の楽しさを味わわしてやりたいと思ったのかもしれない。

 あるいは私があまりにグータラであるから、家にいたらますます独立心が失せると考えたのかもしれない。獅子は我が子を千尋の谷に突き落とすというが、父は我が子を四畳半に突き落としたのである。千尋の谷に比べればなんと人間味のある試練であろうか。

 入学が決まってから、父と二人で下宿を探しに行った。
 父は迷うことなく大学生協に足を運び、さっさと二軒の下宿を選んだ。どちらも四畳半である。そもそも私は下宿のなんたるかということも知らないし、ステキなマンションに住みたいとかそんな野望すらない阿呆の子であるから、父にまかせっぱなしである。

 紹介された下宿の一軒は浄土寺にあり、もう一軒は北白川の上池田町にあった。
 生協で自転車を借り、さっそく現地へ出かけた。
 その際、なぜか吉田山を越えた。自転車で吉田山を越えるのはつらい。今にして思えば、父は土地勘があるはずであるのに、なぜ吉田山をわざわざ越えたのか。父は方向音痴である。

 最初に訪ねた浄土寺のアパートは、どのあたりにあったのか忘れたが、とにかくその薄暗さに度肝を抜かれた。「下宿生活というものはこんなにも辛いものなのか!」と思った。暗くジメジメした部屋で、まるで座敷牢みたいなところだったので、さすがの父も「これはない」と思ったらしい。

 我々はそそくさと次のアパートに進んだ。
 父と私は北白川別当の交差点から、東に向かって坂道をのぼっていった。えらくのぼるものだなあ、と思っていると、なかなか立派な鉄筋の建物が見えてきた。私はてっきりそこが自分たちの目指す建物だと思って、「これは立派なもんだ。これなら大丈夫」と安心したが、じつはそれは「北白川学生ハイツ」という建物で、我々の目指している「メゾン仕伏」とは違う建物であった。メゾン仕伏は堂々たる北白川学生ハイツの陰にあり、期待を裏切らない四畳半的気配を濃厚に発散していた。これが四畳半でなければ何が四畳半であるかというのか。

 メゾン仕伏の隣にある立派なお屋敷に大家さんが住んでおり、我々はそのおばあさんに挨拶してから、部屋の中を見せてもらった。一軒目のアパートの「いったい何の刑罰か」と思われるほどの座敷牢ぶりに比べれば、この部屋はたいへん明るく清潔に見えた。それはあくまでも比較の問題であるが、比較するものが二つしかない以上、選ぶとすればこちらしかなかった。

「ここでいいよ」と私は言った。
「立派なもんだ。鍵もある」と父は言った。
 今どきの大学生は驚くかもしれないが、父にとっては、「ドアに鍵がかかる」ということが重視すべきステータスであったのである。なにしろ父の時代は間借りであり、間借りというものは家の部屋の一つ使わせてもらうわけだから、ドアに鍵などかからないのが普通であったのだ。つまり間借りすることしかできなかった父からすれば、ドアに鍵がかかるアパートに息子を下宿させるというのは着実な「進歩」であった。
 そうして我が四畳半時代が始まったのである。

<四畳半開拓時代>
 その四畳半の思い出について書こうと思っても、何を書いたらいいのか分からない。書いておもしろいようなエピソードや妄想は、さまざまに改変を加えて小説に書いてしまった。

 最初のころ、大学というところは私にとってあまり面白くない場所であった。後になって分かったことだが、春の浮き足だった大学ほど不愉快で、身の置き所がないところはない。夢と希望に満ちた新入生たちに囲まれているのはゲンナリするものである。昼食をいっしょに食べる人もいないので、生協でサンドイッチを買っては吉田山をのぼっていき、宗像神社の境内にある社務所の縁側に座って一人え昼食を食べていた。

 大学の授業はおもしろいと思えないし、シュレディンガー方程式なんてわけがわからないし、シュレディンガー方程式について語る教授は宇宙人みたいであった。出席する意味があるのかないのか分からない講義を真面目に拝聴したあと、トボトボと四畳半に帰っていき、押井守のアニメのレーザーディスクがレーザー光線ですり切れるほど繰り返し見るのが楽しみという日々だった。

ウーム 父親の支援で入居した四畳半であるが・・・
著者は入学そうそうに、トホホな状態に陥ったようですね。

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