『日本語と日本人の心』1

<『日本語と日本人の心』1>
図書館で『日本語と日本人の心』という本を、手にしたのです。
ぱらぱらとめくると各分野の第一人者による対談で・・・ええでぇ♪


【日本語と日本人の心】


大江健三郎×河合隼雄×谷川俊太郎著、岩波書店、1996年刊

<「MARC」データベース>より
日本語のありようが、それを使う人間の心や生き方にいかに深い影響を与えているか。小説、心理療法、詩の第一人者とされる3人が、言葉と心の深い関わりについて語り合う。現代人の生き方を問う、画期的な日本語・日本文化論。

<読む前の大使寸評>
ぱらぱらとめくると各分野の第一人者による対談で・・・ええでぇ♪

amazon日本語と日本人の心



「第二部 日本語と創造性」の対談を、見てみましょう。
p121~125
<古典と現代>
河合その点、王朝文学なんていうものは、そんな近代的自我もぜんぜん関係なく、さっき言いましたが、西洋の自我であればリアリティとファンタジーと分けるようなものが、そのままいとつの現実としてダアーッと書かれている。それを読むことは、私にとっては現代に生きることすごく関係してくるのですね。そんなような読み方をしています。だから、いわゆる文学研究家とかそういう人とは、読み方がぜんぜんちがうのではないかと思うのです。

谷川:そうすると、『源氏物語』に登場してくる人物たちと同じような人物が、もう現代にはいないというふうにお感じになっているのですか。

河合「同じような」という定義がむずかしいですね。どの角度で見るか。つまりこの角度で見れば同じような人はいない。だけど、別の角度で見れば完全に同じだといえるのです。だから、それをどの角度で見るかによって、非常におもしろいと思うのです。そういうふうにいうと、『源氏物語』の登場人物は現代でもすごく活躍しているといえますね。生きている。

谷川:どうなんでしょうか、河井さんの立場から見ると、昔の人間はいまのわれわれみたいじゃなかったというふうに、われわれはいい意味でも悪い意味でも昔といまと区別しがちですが、よく考えてみると、人間の基本的ないろいろな欲望、いちおう食欲・性欲をはじめとして、そういう仏教のほうで、たとえば、「業(ごう)」という言葉でくくってしまうものは、ほんとに古代から現代にいたるまで変化しないようにも思えるのですが、そういう点はどうなんでしょうか。

河合それはなかなか簡単に変化しないと思いますね。業とまでいわなくても、日本人の生き方のパターンなんていうのは、神代以来変わっていないというぐらいの感じもありますね。だからそういうふうな面とちがっている面とを分けて考えることがすごくおもしろいと思います。

 ただ、昔がよかったからといって、昔に帰るなんてことは絶対にできません。だから、この世に生きているということは、いまの世に適合しなければいけませんから、万年筆で書くにしても、いちおうワープロを目の前においてスイッチを入れるとか、そういう両方やらないといかんという、これが大事なのではないでしょうか(笑)。

谷川:大江さんは、みなさんよくご存知のように語学に堪能で、英語の本やフランス語の本を、古典、現代ものを問わず、すごく読んでいらっしゃいますね。そういうときに、日本フランス語、英語で読み書きするのとのあいだに、それこそ違和感みたいなものがないのか、それとも大江さんの場合には、それが非常に自然に自分のなかでひとつになって、つまり日本語を書くのと、たとえばフランス語を書くのとは、ほとんどちがいはないというふうになっているのか、ぼくはそのへんに興味があるのですが。

大江:ぼくはフランス語で書かないです。

谷川:でも、英語は書くでしょう。

大江:それもそんなには書きませんけれど。

谷川:でも、しゃべるのでもいいのです。

大江:外国語を読むことは、毎日読みます。それは私に非常に重要なことなんです。私は、最初にも申しましたが、田舎の人間なんですが、村の中学校の三年生くらいから英語の本を読んでいました。それは松山市のお城のふもとにあった占領軍の図書館から本を借りてきて読んだのです。

 そのころから私が興味を抱いていたのは、日本語を自分が書いたり読んだりして生きていく、日本語を生きていくのだけれども、その日本語が、ほかの言葉では同じことをどのように表現するのかということでした。それがほんとうにおもしろかった。ですから、いつも外国語のテキストを横において日本語を読む。

 外国語の本を読むときも、私は丹念に辞書を引く人間ですが、辞書を引いて、書き込んで、これが日本語ならどうなるだろうかということを、つねに考えながら読むというのが私の読み方なのです。

 それは、外国語を勉強する人にとってはあまりいい方法ではなくて、私の同級生の秀才たちは、みんなフランス語だけでものを読んで、考えていくという人たちですよ。そして、結局はなにも考えていないという人もあるんです(笑)。

 私は自分と外国語と日本語の三角形のなかにずっと生きてきたと思います。それが現在の自分の自分の文学をつくっているとも思うのです。


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