『文学界(2019年1月号)』1

<『文学界(2019年1月号)』1>
図書館の放出本のラックで『文学界(2019年1月号)』という雑誌を、手にしたのです。
表紙に出ている特集に多和田葉子の名前が載ているのがゲットする決め手となりました。

【文学界(2019年1月号)】


雑誌、文芸春秋、2019年刊

<商品の説明>より
▼2019年を占うビッグ対談
落合陽一×古市憲寿 「平成」が終わり、「魔法元年」が始まる
多和田葉子×温又柔 「移民」は日本語文学をどう変えるか?

<読む前の大使寸評>
表紙に出ている特集に多和田葉子の名前が載ているのがゲットする決め手となりました。
amazon文学界(2019年1月号)


多和田葉子と台湾人作家・温又柔との対談を、見てみましょう。
p200~
<「移民」は日本語文学をどう変えるか?>
■エクスフォニーを経由して
温:私にとって、今、日本語で書いている作家の中で最も敬愛する方のうちのお一人が多和田葉子さんです。約15年前、恩師であるリービ英雄さんから熱烈に薦められて、当時刊行されたばかりの『エクスフォニー』を読んだときのことをよく覚えています。

 自分と日本語の関係について真剣に考え始めた私にとって、リービさんの「日本語とは誰のものか」という問いと、「エクスフォニー、母語の外へ出る」という多和田さんの発想が結びついて、世界の見え方がガラリと変わりました。

 この年の暮れ、家族と台湾に帰省したときは「三歳になるまでの自分は、こういう音の中に包まれていたんだ」ということを強く意識しました。文字を知る以前の、言葉を音声として体験していた頃の自分は、日本語ではなく、台湾人たちの話す中国語や台湾語に中にいたんだな、と。

 つまり私は、『エクスフォニー』を経由して、台湾が自分の原体験と結びついていることに気づかされたんです。

多和田:興味深いお話ですね。ジュリア・クリステヴァの『中国の女たち』という本の中に忘れられない一節があります。普通、子どもが社会の一員になるのは言語を話し始めてからで、言語を話せなければ言語的な社会化は起こらないはずなのに、中国語を話す人たちは、抑揚、リズムを聞くことによって、すでに赤ちゃんの時にある意味で社会の一員になっている、みたいなことが書いてあります。

 台湾語と中国語の関係がどうなのか私にはよく分からないけど、そういうこともあるものなのでしょうか。
 
温:中国語特有の抑揚とリズムというか、うねりはありますね。生れたときからずっと中国語を喋ってきた人の中国語に備わるうねりはやっぱり独特です。大人になってから外国語として中国語をおぼえた人の場合、かなり意識しなとそのうねりを習得するのは難しい気がします。私の中国語も、全然うねりが足りない。日本語っぽいんです。

 私の中国語は、耳はネイティブなんだけど、それを再現しようとしても舌はネイティブからは程遠くてじれったい。ちなみに中国語のうねりは四つですが、台湾語は八つあります。

多和田:えっ、それはすごいですね。

温:私はそういう激しくうねる音の中に包まれていたんですよね。もし台湾にいた幼少期があまり幸福じゃなかったら「縛られていた」と言っていたかもしれないけれど。



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