『日本古代語と朝鮮語』1

<『日本古代語と朝鮮語』1>
父親から受け継いだ「日本古代語と朝鮮語」という本であるが、終戦時には朝鮮で小学校の教員だった父の経歴から、朝鮮関係の蔵書が充実しています。

かなり専門的な本で、特に漢字、文化の伝来について述べられているのが、興味深いのでおます。


【日本古代語と朝鮮語】
古代語
大野晋編「日本古代語と朝鮮語」毎日新聞社、1975年刊

<「BOOK」データベースより>
アマゾンでは古書となるこの本にはデータもレビューもありません。
で、この本の感想とエッセンスです。

<大使寸評>
漢字が渡来した時期の日本語はどんな言葉だったのか?という興味がわくし・・・
中国に過剰適応してしまった朝鮮では、漢文はどう読まれたか?
とにかく大使の関心は漢字にむかうわけです。

Amazon日本古代語と朝鮮語


漢字の音韻が述べられているあたりを、見てみましょう。
p9~11
<音韻をさかのぼる:大野普>
「日本古代語と朝鮮語」という題が出ておりますが、朝鮮語のことも多少は勉強しましたけれども、日本語のことのほうがよくわかりますので、日本語のことを中心にしてお話ししたいと思います。

 日本語と朝鮮語というような二つの言語の比較をしますときには、言葉の音がどのように対応するかということを、非常に厳密に考えていかなければならないわけです。それで、いったい音韻の対応とはどういうことなのかということが一つ。

 それから日本語がアルタイ語に所属するという意見がある、それから朝鮮語がやはりアルタイ語に所属するという意見がある、それから満州語、蒙古語、トルコ語というような言葉がアルタイ語族というものを形成するといわれている。

 もちろんこれも人によっては、満州語、蒙古語、トルコ語が、ほんとうにアルタイ語というものを形成するのかどうか、そのこと自体がすでに疑問であると、そういう意見の方もあります。私は詳しいことはわかりませんけれども、しかしいちおうの勉強をした程度で見ると、この三つの言語は非常に密接な関係があって、構造的にはきわめて類似した点をもっていることは疑いないと思います。

 言語の系統は、いわゆる比較言語学によって証明されていくわけですが、この比較言語学という学問は、ヨーロッパのインド・ヨーロッパ語を材料にして成立した学問で、このインド・ヨーロッパ語とゆう言語は非常に特殊な恵まれた条件がいろいろとあった結果、いわゆる比較言語学が成立し得たのです。

 アルタイ語のごとき、あるいは日本語のごときものは、インド・ヨーロッパ語において成立したような意味での証明をもし要求しても、果してそれが成り立つかどうかということは、きわめて疑問であるということもいえるかと思います。しかし、それはいろいろ研究したあげくにいうべきことであって、今日なお研究は各方面において進展中で、われわれは急いで、これは可能であるとか、あるいは不可能であるとか、あるいはすでに証明ができたとか、将来もできないだろうとかいうことは、避けるべきであろうと思います。

 二つの言語を比較する場合には、音韻がどういう状態になっているかを、詳しく、丁寧に調べてみる必要がある。たとえて申しますと、今日、みなさん方が日本語の系統論、あるいは朝鮮語の系統論という論議をご覧になる。すると、しばしば、この単語がこの単語と対応するという。なぜこの二つの単語が対応するといえるか。Aの音がBの音になったのだとか、あるいはCの音とDの音が、こういうような変化を経たのだとかいう場合に、われわれはどういう注意が入り用か、そしてどういうことを考えていかなければいけないかということを、少し申し上げてみようと思います。

 ことに、古代において日本語のはつおんはいったいどういう状態になっていたのかとというふうなことを細かく考えておくことは、これからの日本語の比較言語学のために非常に必用であると思います。

 それで、古代の日本語において、どういう音韻があったのかということを、いくつか述べてみようと思います。ここには、そういう昔の発音のことなどについて、すでにお考えになっている方もいらっしゃると思いますので、ご存知の方はまことに重複になりますが、非常に手近なところから話を進めてまいりたいと思います。

 それは、昔の発音などが、いったいどうしてわかるかということです。つまり、録音機というものはごく最近にできたので、その録音機などがなかった時代の発音を、われわれはどのようにして知ることができるかということです。ところがこれは、案外いろいろな材料が残っているものなのです。たとえば日本で申しますと、謡曲の伝書がいろいろ残っております。江戸時代の中ごろ、明和年間に、発音の注意を書いたものがあります。

 たとえば、「ハ、ヒ、フ、ヘ、ホの仮名は、やわらかに唇を合わせてのち開くなり、はじめより唇を開きて唱へず。フハ、フヒ、フ、フヘ、フオ、唇の内、斯のごとし。フ文字を心にもちて唱ふなり。これを軟濁とも三重濁りともいふ。また、唇を強く合わせて開けば、パ、ピ、プ、ペ、ポ、唇の外。これを半分濁といふ」、こういう記事が『謡曲英華抄』という本に書いてあります。

 つまり、今日われわれは、ha、hi、hu、he、hoと、ハ行の仮名をこのように発音しているわけです。ところがこの仮名は、「やはらかに唇を合わせてのち開くなり」と書いてある。「はじめより唇を開きて唱へず」と。つまり、ハ、ヒ、フ、ヘ、ホみたいに、はじめから唇を開いては唱えないで、フハ、フヒ、フ、フヘ、フホと、こういうふうにせよと書いてあるわけです。



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