『街場の大阪論』2

<『街場の大阪論』2>
図書館の本を手当たり次第に、借りている大使であるが・・・・
なんか慌しいので、この際、積読状態の蔵書を再読しようと思い立ったのです。
なにしろ、コロナウィルス対応の自粛で読む本に事欠いてきたので、再読にいそしんでおります。


【街場の大阪論】
大阪
江弘毅著、新潮社、2010年刊

<「BOOK」データベース>より
スタバはないがお好み焼き屋があり、缶ビールを24時間売っているコンビニはないが朝からやってる立ち呑み屋があり、ヤクザが徘徊し、おばはんの立ち話が続く。そんな「大阪の街場」のリアルなコミュニティと、そこで生きていくおもしろさを、岸和田に生まれ育ち、関西有数の雑誌の名物編集長だった著者が、ラテンのノリで語る。大笑いしながら考えさせられる大阪発スーパーエッセイ。

<大使寸評>
著者の江弘毅という人、内田先生のお友達でもあるが…
岸和田で生まれ育ち、雑誌「ミーツ・リージョナル」の創刊に関わり12年間編集長を務めたそうです。
「カーネーション」の世界で育ち、ベタな大阪を描いてるでぇ♪

Amazon街場の大阪論



神戸の下町の焼き肉屋を、見てみましょう。
p77~79
<なぜ若い奴らは飲まなくなったか>
 先日は神戸の下町の焼き肉屋へ行くことがあった。焼き肉屋へ行くと必ずビールを飲む。いや生レバーとかタン刺しには断然焼酎や。というように、「塩タンうまい→ビールテッチャンうまい→ビールまたうまい→カルビうまい→ビールまたまたうまい」の繰り返しで、その間にキムチと白飯をはさんだりするのが普通である。

 しかし、おっさんの二人連れや在日コリアンの家族連れが主要客の正しき神戸の街場の焼肉屋でその日見かけたのは、仕事帰りのアパレル業界風三人連れの20代(たぶん)女子だった。

 わたしは街での長い経験上、アパレル業界、特に肉体労働の割合が多い接客商売のショップスタッフたちが焼肉体質であることを知っている。

 まだクソ暑い九月末なのに早くも秋冬物を着たその日の三人連れも、「おお、このコらええ店知ってるなあ」と観客のわたしを唸らせた上で、さらに「塩タンと上ハラミ一つずつとテッチャン二つ」「生レバーもいっとく?」「いこいこ」で、こいつら若い娘やのにしっぶい注文やなあ、とさらに唸らせたのであるが、「わたしウーロン茶でええわ」で、三人とも飲まない。

 生レバーに茶はおいしないやろ、テッチャンも茶ではあいそないやろ、とわたしは強く思うのだが、彼女たちは平然とわいわいやりながら肉を食べているのだった。

 また、ある土曜日。元町駅山側にある深夜の博多ラーメン屋は夜遊び青年団で賑わっていた。わたしはこの店の柚子コショウをつける餃子が好きで、一人の時はいっつも餃子と豚骨ラーメン麺硬めとビールを注文して、タダの高菜の漬物と餃子でまず一本。調子が良かったらラーメンで二本目ということになる。

 グループで行くときはとりあえずビールであり、ラーメンを注文しないヤツはたまにいるが、席に着くやいなや「りあえずビール二本ね」が常である。そのビールはおいしいときもあるし、まずいときもある。

 その夜は大きなテーブル席もカウンターもほぼ満員だった。しかしながら見事にビール瓶が見えない。ニットキャップとピアス&タトゥー少年の「たむろってる」五人グループも、深夜に博多ラーメンのカップルも、ラーメンや餃子に明太子ご飯とテーブルを散らかせているが飲んではいない。

 10年ほど前まではほとんど逆で、若い衆は街場の居酒屋では一気飲みをやっていたり、バーで洋酒を飲み過ぎて吐いてたり、それこそ「なんちゅう飲み方をしてんねん」ということが多々あった。こういうのは街の酒飲みの若い頃には当たり前のことで、その酒の上での「からむ、喧嘩する、泣く、吐く、寝る、倒れる・・・」はみんなが経験してきたものだ。

「ワインを飲むといっつも寝てしまう」というお好み焼き屋の大将は、そんな話をしながら「この頃の若い子は、かしこなったからなあ」と言っている。「かしこなった」というのは多分にネガティブで、「酒に余計な金を使わない」ことや「飲んで酔っぱらってるのを人に見せたくない」ということであろうという話に落ち着く。


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