火の鳥 53

<火の鳥 53>
このところ新聞のスクラップとその記事のデジタル保存に勤しんでいるが・・・

なにしろ、コロナウィルス対応の自粛で読む本に事欠いてきたので、連載中のこの「火の鳥」を読んでみようかと思い立ったわけでおます。


デジタル朝日の記事をコピペしたので見てみましょう。

2020年5月16日火の鳥 大地編:53より


〈四章 東京 その七 赤い夕日の満州国〉の続き。妻・夕顔をみとるため要造が時間を巻き戻したことで、図らずも石原莞爾が一度は挫折した満州事変が成功。石原と、彼に火の鳥の秘密を明かした山本五十六、そして要造は、3人で第2次鳳凰機関となる。猿田博士が關東軍に持ちかけた、火の鳥伝説に絡む生物エネルギー研究を口実に、石原はタクラマカン砂漠に調査隊派遣を計画。陸海軍から集められた隊長候補の資料に緑郎を見つけた要造は、久々に人間らしい心がうずくのを感じた。

「私は、この少尉を火の鳥調査隊の隊長としたい!」

 ところで、このころ。三田村家ではとある事件が持ちあがってもいた。長女の汐風は、妹の麗奈とちがって学業優秀で、問題一つ起こしたことがなかったが、突如として不良の男とはるばる北のハルビンに駆け落ちしてしまったのだ。一つ前の十一回目の世界では、銀行頭取の息子と見合い結婚させたはずが、十二回目ではなぜこうなったのか? 私は混乱し、激怒した。相手の男は虹口(ホンキュウ)で鬼瓦商会を営む昔なじみ、道頓堀鬼瓦の次男、凍(こおり)。つまり幼なじみだ。

 鬼瓦は「父の恩を息子が仇で返すとは……」と泣いて土下座し、「息子の首を刎(は)ねて持ち帰る!」と急ぎハルビンに旅立ったが、案の定、若い二人にほだされ、小遣いもやり、手紙を預かってしおしおと戻ってきた。汐風の手紙には「お父さまへ。お母さまを葬った日の貴方の涙を見て、わたしも愛に生きたくなりました。子供の頃から、好きで、好きで、大好きだったんです。さようなら」と書かれていた。私は「愛かぁぁぁ!」と伏して泣く鬼瓦と相談し、男には満鉄の経理職を、娘には新京の女学校の教師職を世話してやった。

 この騒ぎと同時期に、石原莞爾の話に出てきた猿田博士が、私に面談を求めて訪ねてきた。中二階の応接間で鬼瓦がわぁわぁ泣く声が響く中、一階の広間で猿田博士を出迎える。博士は天井から釣り下がる金色の鳥カゴを不思議そうに見上げ、待っていた。「空ですな?」「ええ」「容れ物には中身が必要ですぞ。よかったら珍しい小鳥を差しあげましょう」脳裏に、黄緑の小鳥を楽しげにみつめる在りし日の妻の姿が、生き生きと蘇った。私は「それなら黄緑の小鳥がよい」とつぶやいた……。

 さて、猿田博士の面談とは、新兵器開発の資金援助の要請であった。「三田村さん、つい最近、大英帝国の物理学者が世紀の発見をしたのです。“中性子”という物質でしてな……」と小声になり、

「なんでも、凄(すさ)まじく膨大なエネルギーを発生させる可能性があると、欧米各国の学者が注目しております」

 中二階から鬼瓦の泣き声が響き、博士の声が聞き取り辛い。「三田村さん、貴殿と關東軍は満州で石油を探しておられる。軍備には不可欠だからと。しかしまだみつからない……。さて、“中性子”を発展させた最終兵器の開発にはいずれ各国が乗り出すはず。わしが考えるに、今は石油採掘より……」「うわぁぁぁぁ、愛、愛かぁぁぁぁ!」「なるほど。その話も検討してもよい。しかし今は……」と、私はこの件への判断を先送りとした。すでに關東軍による細菌兵器の研究機関に資金援助を行っていたためだ。猿田博士は中性子による最終兵器の可能性についてさらに語り、「わしはあきらめんぞ! またきます」と帰っていった。

 その翌週、四代目火の鳥調査隊の隊長として、關東軍の間久部緑郎少尉が三田村家に現れた。次女の麗奈がたまたま玄関におり、迎え入れ、若い女の召使に「還是个美男子麼(エツーアメイヌーツーマー)(美男子ねぇ)!」と上海語でこっそり囁(ささや)くのが聞こえた。中二階の応接間で、私と石原莞爾と山本五十六の三人で彼を迎え入れる。大人になった緑郎は、じつに立派な男ぶりで、黒目がちの目を野心でギラギラさせていた。財閥総帥、關東軍中佐、海軍少将という顔ぶれに、一瞬ぎょっと目を剥いたものの、表情をすぐ隠し、「ハッ」と帝国軍人らしく敬礼した。

「……件(くだん)の鳥は、十六世紀の初め……ロプノール湖周辺で……博士は“未知のホルモン”の研究を……この力を皇軍の士気高揚に有効利用する……。これが、關東軍ファイアー・バード計画である!」

「ハッ」

 思えば、三代目隊長の犬山虎治は、砂漠の冒険から帰還した後、一足飛びに出世していた。緑郎にとっても一世一代のチャンスであろう。肩をいからせ、整った顔を紅潮させ、張り切る若者の姿を眺めながら、私には、彼の心が自分にだけはわかるという気がした。(すべてを手に入れてやる! 進撃するのみだっ)(でもそうして手に入れた何にも価値がないことも、知っているが)(なぜって? ぼくが愛する者はもう死んだからさ)と。

 陸軍士官学校出の青年少尉の内部で燃えさかる、アナーキーでニヒリスティックな、まるで氷のような炎を私は幻視し、ブルブルッと体が自然に震えた。実の娘の汐風が出奔したときでさえ、心は鉛のように重かったのに。あの遠い若い日、夕顔と出会った瞬間のように胸が高鳴った。ふと、大の字こと稀代の無政府主義者の大杉栄が、驚くほどの熱量で私を好いてくれていたことをまた思いだす。そうか、なるほど! 虚無は同じ虚無を愛するのだな! それならこれは自己愛か? あぁ、それも愉快じゃないか。アーハハハ!

 
 間久部緑郎少尉率いる四代目火の鳥調査隊は、この翌週、タクラマカン砂漠に向け出発した。第二次鳳凰機関の三名は、三田村家の地下室に集合し、改めて今後の相談をした。山本五十六がうっとりと見上げる小型戦闘機型“エレキテル太郎九号”に、石原莞爾が「はぁー」と無造作によりかかる。「おい気をつけろ!」と驚く山本に、私はふと、「なぁ、負けるとわかる戦いに、行けと命じられたら、君はどうする?」と聞いた。「貴様、藪から棒になんだ」「いや、君ら軍人は、『ハッ』と敬礼し、命令通り働くなと思ってね」という些(いささ)かぶしつけな問いに、山本は存外柔和な顔つきでうなずいてみせ、

「言える立場におれば、もちろん意見するさ。そのうえで大本営の決定、すなわち大元帥たる天皇陛下の御命令に従うまでだ。帝国軍人だから、当然だ!」

 その昔、八回目の世界で、民間人の私を庇い、ロシア兵のサーベルに刺し貫かれた山本の姿を思いだし、あぁ、この男ならそうだろうと私はうなずいた。

 と、石原莞爾が大福を頬張りながら「どうかなぁ。ちがうと思えばぼくは行かんな」とまぜっ返した。山本が顔をしかめ、「貴様はそういう奴だな。結局、骨の髄まで關東軍、“泣く子も黙る關東軍”だ! 結果が良けりゃ許されると、陛下にも無断で、満州やらで勝手な軍事行動を起こし……」と言いかけ、「いや、この第二次鳳凰機関も同じことだな。ぼくも關東軍のやり口にすでに巻きこまれてるってわけだ」と首を振った。

「それにしても、山本。飛行機はいいなぁ!」

「エッ? き、貴様、人の話を聞いてるか?」

「ぼくはなぁ。この満州国を中心に、大アジア合衆国を造りあげ、来たるべきアメリカとの最終戦争に備えたいのだ。ぼくの考えでは、未来においては、世界を一周できるほど技術発展した飛行機が現れ、最終兵器になるだろう。貴様の小型飛行機開発にも期待してるんだ」

「う、うむ。飛行機はいい、そこだけは同感だ。ぼくはこれで空を飛び回り、生き、死にたいものだぞ……」

 と山本は熱くうなずき、鋼鉄鳥人形を見上げた。

 ふと思いだし、先日猿田博士から聞いた、中性子なる新物質の話もしてみた。「うむ。あの発見も兵器開発に繋がるかもしれんな」「新エネルギーによる爆弾、か」と二人とも腕を組み、考えこむ。

「小型飛行機に、新エネルギー爆弾……。技術開発と研究の日々。ともかく空の時代、科学の時代の到来だな!キィィーン! キィィーン!」

 と石原莞爾が叫び、両腕を広げ、ふざけて走り回り始めた。

 さて、こうして満州に大アジア合衆国こと満州国ができつつあった一九三二年。日本国内はというと、軍部や民間の右翼団体によるクーデターやテロが続き、帝都東京に不穏な空気が満ちていた。

 まず一月の終わりの寒い朝。日本橋に構える三田村興産東京本社前に、真っ黒な着物に山高帽、手には小型拳銃という異様な風体の青年が現れ、ちょうど自動車から降りてきた社長の雪崩に「貴様が三田村雪崩か?」と声をかけた。隣にいた長年の女秘書が、とっさに「いいや。あちきが雪崩だよ」と進み出ると、青年は「財閥の女郎蜘蛛め! 天誅だ!」と叫び、その体にパンパンパンパンパンッと五発もの弾を撃ちこんだ。女秘書は即死し、雪崩は「お父ちゃんも、この子も……あちきの大事な人はみんないなくなっちまうのかい!」と慟哭した。犯人は都会の雑踏に紛れ消え、ついにみつからなかった。

 昨今、政治家や官僚が無能で、そのうえ財閥と癒着していると、「政治の腐敗だ!」と責める若者が増えていた……。


この連載小説の背景ともいえる満州に関しては浅田次郎さんの日中戦争前夜 絡み合う思惑がお奨めです。

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