『「王権誕生」日本の歴史第2巻』3

<『「王権誕生」日本の歴史第2巻』3>
この本は父親の蔵書を継ぐものであるが・・・
水稲は、列島をどのように変えたのか。なぜ、戦争が始まったのかと、とにかく読みどころが多いのである。


【「王権誕生」日本の歴史第2巻】


寺沢薫著、講談社、2000年刊

<「BOOK」データベース>より
水稲は、列島をどのように変えたのか。なぜ、戦争が始まったのか。群雄割拠した国々は、いかに統合され、王権成立へと至ったのか。そのとき卑弥呼はどこにいたのか。最新の考古学が古代の謎を解く。

<大使寸評>
この本は父親の蔵書を継ぐものであるが・・・
水稲は、列島をどのように変えたのか。なぜ、戦争が始まったのかと、とにかく読みどころが多いのである。

Amazon「王権誕生」日本の歴史第2巻

スダレ遺跡の人骨


「第四章 倭人伝の国々」で戦争のはじまりを、見てみましょう。
p126~128
<犠牲者の無念の声>
 日本列島で戦争と呼ぶような事態が起こり始めたのは、弥生時代からだと言われる。前三世紀頃から、王権形成に向け、戦争は活発化するが、この時期倭人のムラや共同体の内外に何が起こっていたのか。前三世紀の前記から中期末の一世紀前半までに北部九州で起こったいち早い国家形成への歩み、それに対する瀬戸内、山陰、近畿などの動き、マツリの変容などを本章ではみていこう。列島はいよいよ王権誕生に向けて始動し始める。

 近年、弥生時代の遺跡から、戦争の犠牲者とみられる人骨が発掘され、これを契機にそれまでの人骨や墓の見直しが始まっている。1976年、石剣の切っ先が第二胸椎に嵌入した人骨が、福岡県穂波町スダレ遺跡の中期中頃の甕棺から発掘された。推定身長162センチの40~60歳の屈強な男性だった。

 傷は首の右付け根から、斜めに7.5センチ貫いて胸椎に達している。重傷だ。これほどの深手は、右利きの加害者が剣を逆手に持ち、背後から一撃を加えたに違いない。はたして格闘の末、力足りず刺されたのか、それとも卑怯にも背後から忍び寄る敵にくらった一撃なのか。彼の無念の声が人骨から伝わるようだ。剣先から嵌入した周囲の骨組織の生体反応から、彼はその後二ヶ月にわたって化膿性炎症に苦しみながら息を引き取った、と鑑定した人類学者は診断した。

 これを契機に、発掘者の橋口達也氏は、骨に武器が突き刺さった数少ない例だかでなく、武器の切っ先や鏃が残っている墓や、人骨に傷をもつ資料の見直しを精力的にやり始めた。というのは、殺された場合であっても、骨や肉が腐ってしまうと武器の一部だけが残り、それが、従来は副葬品として扱われていたケースが多かったからである。こうして弥生時代の戦争犠牲者のリストができあがり、今ではその数、百五十人に近づくまでにいたった。

 犠牲者のリストをみていくと興味深い事実が見えてくる。まず、犠牲者のほとんどが成人男子であることだ。戦争は普通男性主導で行われるから、彼らがやはり戦いによって殺されたことを裏付けるものだ。たとえば、福岡県筑紫野市隈・西小田遺跡の中期前葉の男性甕棺数は、女性の倍にも達する。
(中略)

 また、玄界灘周辺地域への水田稲作の伝来後まもなく犠牲者がみられることだ。耕地や水争いなどが戦争の引き金になったことが想像される。最古の犠牲者は、前四世紀の縄文時代晩期末(夜臼式)の福岡県志摩町新町遺跡と長野宮ノ前遺跡の四人。いずれも渡来系の色彩の強いムラだ。新町遺跡四十代の男性は、左大腿骨の付け根に、朝鮮半島系の重く大きな柳葉形磨製石鏃の切っ先が折れて突き刺さっていた。


『「王権誕生」日本の歴史第2巻』2:水稲農耕の伝来p50~51
『「王権誕生」日本の歴史第2巻』1:水稲農耕の伝来p44~48

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