『星々の船』1

<『星々の船』1>
図書館で『星々の船』という文庫本を、手にしたのです。
・・・短篇小説集であったが、最後の「名の木散る」が著者にしては異質なので気にかかったのです。

帰って調べたら、直木賞受賞の短篇連作小説集とのことでした。


【星々の船】


村山由佳著、文藝春秋、2006年刊

<商品説明>より
禁断の恋に悩む兄妹、他人の恋人ばかりを好きになってしまう末妹、居場所を探す団塊世代の長兄、そして父は戦争の傷痕を抱えて……。愛とは、家族とはなにか。別々に瞬きながらも見えない線で繋がる星座のように、家族は、「家」という舟に乗って無限の海を渡っていく。心震える感動の短篇連作小説集、第129回直木賞受賞作。

<読む前の大使寸評>
短篇小説集であったが、最後の「名の木散る」が著者にしては異質なので気にかかったのです。

rakuten星々の船



「名の木散る」の語り口を、見てみましょう。
p344~350
<名の木散る>
 身じろぎした拍子に、膝の三毛が不服そうな寝言をもらす。よしよし、と低くなだめながら、重之はひとり苦笑をもらした。

 こういうものに頼るようになろうとは思わなかった。確か末娘の美希が家を出た翌年だったろうか、まだ小さかった“これ”が庭に迷いこんできた時、そんな薄気味悪いものはどこかへ捨ててしまえと言った重之を、志津子はにこにこと諭したものだ。
<まあま、いいじゃありませんか。こんな年寄りでも、こうして頼ってくれるものが居れば、もう少し長生きしなければという気になれるものですよ>

 重之は、庭に目を戻した。
 わずかの間に、また一段と暮れていた。
 苔むした石灯籠の脇に、蕾の小菊がひとかたまり、黒く沈んで見えた。

「あの世代の人は、いっぺん倒れると回復力が弱いのよ」
 長男の妻である頼子が、台所に立つ紗恵を手伝いながらそう話していたのは、あれは先週の日曜だったか、その前の週だったか・・・重之がこの夏、暑気あたりで数日寝込んだことは、娘の聡美から聞かされたものらしい。長く中学の教師を務めてきた頼子の声は、本人は普通に話しているつもりでもよく通る。家の裏手の材木置き場にいた重之の耳に、話の内容はほとんど筒抜けだった。

「お義父さんたちの子どもの頃ってほら、食べるものがなかったでしょう。そのくせ、大変な時代を生き抜いてきたっていう妙な自信があったせいか、つい自分の体力を過信して無理してしまうのよ。紗恵ちゃん、そろそろ本当に気をつけてあげないと、説得するのは大変でしょうけど、現場のほうももう、ほどほどにしてもらったほうがよくはない?何かあってからじゃ遅いのよ」

 善意で言っているには違いなかろうが、馬鹿にするな、という思いが先にきた。何が、回復力が弱いのよ、だ。 たしかに今とは比べようもないほど物のない時代ではあったが、食糧がすべて配給に変わるまでは、米に不自由したことなどなかった。
(中略)

 自分たちの世代は、戦争を体験などしていないと重之は思う。
 自分たちは、戦争を生きたのだ。今日一日を命からがら生き延びた者にとって、明日も、その明日もまた続いていくのが戦争だったのだ。人間が人間であろうとすることあえ許されず、お国の為、天皇陛下の御為という言葉のもとに、赤い紙きれ一枚で家庭も恋人も引き裂かれた、それが戦争だったのだ。

 あの恐怖。あの痛み。あの絶望。・・・一度として飢えた経験すらない連中を相手にどう語ろうと、何が伝わるとも思えない。

 靖国参拝がなぜいけないのかと訊ねた生徒は、曽祖父の涙の裏にあるものをどう解釈したのだろう。あるいは、今どきの連中の目に、昔の軍服に身を包んで靖国の参道を行進する老人たちの姿はどう映るのだろう。
(中略)

 毎年夏が過ぎ、この季節がめぐってきて、庭の木々が日一日と枯れ色に近づいていくのを見るたび、耳元にはあの女のつぶやきが蘇ってくる。そう、まるで水底から浮かびあがるあぶくのように。
 <私ハ、パカナ母親デ。ホントニ、パカナ母親デ・・・>
 昭和19年、初秋。
 大陸の風は、まだ生温かかった。

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