『バカのための読書術』4

<『バカのための読書術』4>
図書館で『バカのための読書術』というふざけたタイトルの新書を、手にしたのです。
ぱらぱらとめくってみると・・・
タイトルと違って内容はまともでおます。いわゆるキャッチコピーでんがな。



【バカのための読書術】


小谷野敦著、筑摩書房、2001年刊

<「BOOK」データベース>より
現在、「知」は混迷状態に陥っている。インテリたちはかつてないほど熱心に西洋の新理論の輸入に血道をあげ、難解な言葉と言い回しに身をやつしている。その一方で、有名大学の学生がフランス革命の存在を知らなかったりする。では、この両極の中間に位置する人は、何をどう読めばよいのか。学校は出たけれどもっと勉強したい人、抽象的な議論がどうも苦手だという人。そういう「バカ」たちのために、本書はひたすら「事実」に就くことを指針とし、インチキ現代思想やオカルト学問、一時の流行に惑わされず、本を読み勉強するための羅針盤となるべき一冊である。本邦初「読んではいけない」リスト付き。
<読む前の大使寸評>
ぱらぱらとめくってみると・・・
タイトルと違って内容はまともでおます。いわゆるキャッチコピーでんがな。

rakutenバカのための読書術


「現代国語」が語られているので、見てみましょう。
p150~153
<「現代国語」は面白くない>
 高校へ入っても、やはりあまり『現代国語』の状況は変わらないのであった。そのころ私は、大江健三郎や太宰を個人的に耽読するようになっていて、その余慶のようなもので現代国語の成績だけは良かったが、教科書に載っているのは、相も変わらずへんてこりんな小説ばかりなのである。太宰なら、『津軽』の抜粋である。太宰には、中期短編に傑作がいくらでもあるのに、なんでよりによって『津軽』なのか。さらに漱石の『こゝろ』である。
(中略)

 西洋ではそのへん、どうなっているのか知らないが、そもそも東洋では、「学校」で教える文学といったら、漢文であり漢詩であった。先に述べたとおり、漢文、漢詩は、極力男女の情愛の世界などを扱わない。もっぱら歴史であり、倫理であり、あるいは厳密な作詩の規則に則った自然描写や友情である。

 要するに西洋19世紀的な「文学」に相当するものは、学校で教えるような、少なくとも高校生までで教えるようなものではないのである。高校の国語教科書で役に立ったのは、むしろ、古文の文法と漢文である。現代国語だって、「現代国語」なのだから、文学を教えるのではなくて、現代日本語をきちんと読めて書けるように指導すればいいのである。教科書にはときおり、「文芸評論」が載っているが、それもやめるべきであって、文芸評論というのは論理の飛躍が身上だから、かえって論理的思考力を損なう。

 それと、西洋19世紀的な、あるいはロマン派以降的な「文学」というのは、


(追って記入予定)


『バカのための読書術』3:読まないでいい本
『バカのための読書術』2:「史観」とは何か
『バカのための読書術』1:蔵書派とカード派


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