『原発・正力・CIA』2

<『原発・正力・CIA』2>
図書館に予約していた『原発・正力・CIA』という本を、待つこと1週間でゲットしたのです。
ぱらぱらとめくってみると・・・
陰謀史観と言い切れないところが怖いわけでおます。

【原発・正力・CIA】


有馬哲夫著、新潮社、2008年刊

<「BOOK」データベース>より
1954年の第五福竜丸事件以降、日本では「反米」「反原子力」気運が高まっていく。そんな中、衆院議員に当選した正力松太郎・讀賣新聞社主とCIAは、原子力に好意的な親米世論を形成するための「工作」を開始する。原潜、讀賣新聞、日本テレビ、保守大合同、そしてディズニー。正力とCIAの協力関係から始まった、巨大メディア、政界、産業界を巡る連鎖とはー。機密文書が明らかにした衝撃の事実。

<読む前の大使寸評>
ぱらぱらとめくってみると・・・
陰謀史観と言い切れないところが怖いわけでおます。

<図書館予約:(12/15予約、12/22受取)>

rakuten原発・正力・CIA


「第4章 博覧会で世論を変えよ」で、合衆国情報局の原子力平和利用プロパガンダを、見てみましょう。
p116~119
<博覧会で世論を転換>
 当時アメリカはこのような博覧会を世界中で開催していた。博覧会だけでなく、原子力の国際管理を話し合うために開かれたジュネーブ会議でも、かなりのスペースを持つ展示場を設けてアメリカの原子力関連の技術を紹介していた。

 これも「アトムズ・フォー・ピース」の一環であり、心理戦の一部だった。世界中で原子力平和利用のキャンペーンを繰り広げ、それを各国のメディアを使って広めなければならない。それが心理戦を担当するCIAと合衆国情報局の仕事だった。

 実はアメリカに先駆けてこのような原子力平和利用博覧会を開き、この分野での援助をちらつかせて心理戦を行ない、友好国の心を掴んでいたのはソ連だった。
 CIAはこのようなソ連の原子力平和利用博覧会をよく研究していて、アメリカが開く博覧会に生かしていた。というより、ソ連の原子力平和利用攻勢に対抗するためにこのようなイヴェントを開くようになったとすら見ることができる。

 原子力平和利用もそれを紹介する博覧会も、核兵器やテレビやマイクロ波通信網と同じく、冷戦の道具だったのだ。
 CIAと合衆国情報局と駐日アメリカ大使館は、以前から「アトムズ・フォー・ピース」をアピールするために「原子力平和利用博覧会」を準備していた。確かにかつては正力の「原子力平和利用使節団」に援助を与えなかったが、それは正力の政治的野望に利用されたくなかったからだ。

 今回のこのイヴェントも正力が政治目的に利用することはわかっていた。また、あとで述べるように、正力がそうしたがるような政治状況になっていたことも把握していた。
 にもかかわらず、アメリカの情報機関はこの共同作戦を行ってもそれほど正力の野望に加担することにはならないと思っていた。というのも、両者がこのイヴェントによって目指していたことは根本的に違っていたからだ。

 アメリカ側が目標としていたことは、アメリカの原子力の平和利用にも真剣に取り組んでおり、その先進的技術によって日本を含む西側諸国に恩恵をもたらしたいと思っていることを日本人に伝えることだ。それによって反原子力・反米世論を鎮めることができればそれで十分なのだ。

 これに対し、正力の方はそこで終わりではなく、これを踏まえたうえで、さらにアメリカから動力炉の供与、またあ、それを購入するための借款を引き出すことだった。そのあとで日本に原子量発電所を建設し、商業発電を実現し、それを政治的実績として総理大臣の座を手に入れることが最終目標だった。

 つまり、「原子力平和利用博覧会」が成功しても、正力の動力炉獲得に協力しない限り、アメリカ側は彼の野望を後押ししたことにはならないのだ。彼に動力炉を与えるかどうか、あるいはそれを購入するための借款を与えるかどうかは、マイクロ波通信網のときと同じく、そのときの情勢と彼との駆け引きのなかで判断すればいいだけのことだ。

 こうして合衆国情報局がこれまでのノウハウの全てをつぎ込み、満を持して臨んだ「原子力平和利用博覧会」が11月1日から12月12日までの6週間にわたって開かれた。


『原発・正力・CIA』1

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