『ゆるかわアート万博(芸術新潮2019年8月号)』1

<『ゆるかわアート万博(芸術新潮2019年8月号)』1>
図書館で『ゆるかわアート万博(芸術新潮2019年8月号)』という本を、手にしたのです。
おお ゆるかわアートってか・・・太子のツボが疼くのでおます♪


【ゆるかわアート万博(芸術新潮2019年8月号)】


雑誌、新潮社、2019年刊

<出版社>より
全世界の「KAWAII」もの好きのみなさま、お待たせしました。来年の東京五輪より一足早く、2025年の大阪・関西万博より何足も早く、誌上「ゆるかわアート万博」の開催を、ここに宣言いたします!

<読む前の大使寸評>
おお ゆるかわアートってか・・・太子のツボが疼くのでおます♪

shinchoshaゆるかわアート万博(芸術新潮2019年8月号)


「01 庶民から上様まで『これでいいのだ』」で矢島新×金子信久の対談を、見てみましょう。
p30~31
<「ふにゃかわ」で行こう!> 
≪つきしま絵巻≫

矢島:「古」「拙」という言葉が出たところで、ぐっと時代を遡り、「ゆるかわ」の歴史を辿り直してみましょうか。奈良時代の≪絵因果経≫の絵をうまいという人もいますが、どうですか? おそらく写経生のような書の専門家が描いた絵で、むしろ素人的なところが魅力かなと私は思うんですけど。

金子:奈良時代は絵の遺品があまりに少なくて、スタンダードなレベルが分からない。当時の人はこれを見てどう思ったんでしょう。

矢島:分かったら面白いけどね。いずれにしろ、意識してゆるく描いているわけじゃなく、結果として素朴味が残ったんだろうと思います。

金子:意図してかわいく描いたものと意図せずそう見えちゃうものがごっちゃになって、いまはとにかく面白ければいいみたいな風潮があるから、こうした絵の魅力はどこから来るんだろうと考えることは、すごく大事なことだと思いますね。

矢島:時代をくだって平安朝の≪源氏物語絵巻≫も、引目鉤鼻が私はかわいいと思うんだけど、授業でそう言い張っても学生さんに賛成してもらえないので(笑)、一気に飛んで室町時代の絵入本『かるかや』と≪つきしま絵巻≫を挙げます。これなら文句ないでしょう。

 16世紀のほぼ同時期の絵だと思いますけど、この2作は性格がちょっと違うんじゃないかな。『かるかや』は一生懸命描きながら、通常で言われるところの技術がなくて素朴な絵になっているんだろうと。≪つきしま≫の絵描きはね、自分のスタイルに自信を持っている気がするんですよ。

 この絵巻は結構長いですけども、それなりに安定したスタイルを貫いているし、意外とためらいのない描線にも見えます。素朴味を意図したとまで言えるかは分からないですけど、ちょっとそんな匂いがする。

金子:物語絵って、極論を言えばストーリーを説明するための記号でもいい。必用最小限の形で、ここに人間がいると分かればいい。そうした作画を繰り返していく中で、プロの描き方とは違う、ある種「ゆるかわ」な描き方に落ち着いていくという想像もできます。

矢島:16世紀は「わび」の美意識が確立してくる時代でしょう。茶の湯の「わび」ってすごく高尚なイイメージで語られるけど、素朴を愛するという部分が大きいですよね。それまでずっと「唐物」という中国の完璧な美の光線を、日本は浴びてきたわけですよ。それゆえ逆説的に、ひびや染みがあったりとか、不完全なものを良しとする価値観の転換がおきた。

 『かるかや』や≪つきしま≫のような表現が、それと同じ時代に出てくるっていうのがとても面白い。一方に狩野永徳が信長や秀吉のために描いた豪華な障壁画とかがあって、一方にこうした素朴絵を愛する人たちもいたわけです。

金子:私は「素朴」っていう概念そのものが、必然的に相対的なものだと思います。それゆえ、私にとって「素朴」は悩みの塊でもありまして。『かるかや』や≪つきしま≫も、現代人の目から見ればめちゃくちゃいいですよ。


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