『村上春樹と私』3

<『村上春樹と私』3>
図書館で『村上春樹と私』という本を、手にしたのです。
著者のジェイ・ルービンは『1Q84』『ノルウェイの森』『ねじまき鳥クロニクル』などを翻訳していて、世界的に知られているそうです


【村上春樹と私】


ジェイ・ルービン著、東洋経済新報社、2016年刊

<商品の説明>より
『1Q84』『ノルウェイの森』をはじめ、夏目漱石『三四郎』や芥川龍之介『羅生門』など数多くの日本文学を翻訳し、その魅力を紹介した世界的翻訳家が綴る、春樹さんのこと、愛する日本のこと。

<読む前の大使寸評>
著者のジェイ・ルービンは『1Q84』『ノルウェイの森』『ねじまき鳥クロニクル』などを翻訳していて、世界的に知られているそうです。

rakuten村上春樹と私


村上作品の英訳について、見てみましょう。
p67~71
<無意識と偶然に造られた象の長旅>
■バーンバウム氏の英訳
 今日、村上作品は世界中で読まれているが、本国では文体のうまい作家とされているにもかかわらず、外国語に翻訳されたものを読んでいる読者には、村上自身の書いた言葉が何一つ伝わってこない。当たり前と言えば当たり前だが、皮肉なことに、言葉を生命とする人(すなわち小説家)が日本以外で読まれたいと思えば、どれほど他人(すなわち翻訳家)の言葉に頼らなければならないかが分かると思う。訳の文体がよくなければ、いくら原作の文体がうまくても、外国では読まれないからだ。

 その意味で、村上作品の国際的な人気はアルフレッド・バーンバウムという翻訳者に負うところが大変大きい。初めて英語圏の読者の興味を引いたのが、バーンバウム氏の『羊をめぐる冒険』の生き生きとした訳だったからだ。それ以後、『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』も『ダンス・ダンス・ダンス』も活気のある英文になり、村上春樹の人気はますます広がっていった。

 バーンバウム氏の英訳を通じてアメリカの出版社が村上作品に興味を持つようにならなければ、私は永遠に村上さんの作品を読まなかったかもしれない。本書冒頭で述べたように、村上作品を初めて読んだのは1989年の夏、『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』の翻訳を出すか出すまいか迷っていたアメリカのヴィンテージ社という出版社からの依頼によってだった。出版社は日本語の原文を読める人に、小説が翻訳に値するかどうかを聞きたかったわけだ。

 私はぜひ翻訳するべきだと勧めたが、ヴィンテージ社はその段階では出さないことに決めた。当時、バーンバウム氏は村上さんのすべての長篇小説を翻訳していたが、短篇の翻訳は少数だったから、私は他の短篇の翻訳の許可をもらって、『象の消滅』や『パン屋再襲撃』や『眠り』を翻訳し始めた。

 以後は、好きな作品に出合って翻訳したくなると村上さんに直接頼むのが習慣になったが、不思議なことに、「それはバーンバウムさんがやった」という答えが返ってきた例は一度しかなかった。村上さんの話によると、バーンバウム氏にも「それはもうルービンがやった」と答える羽目には一度もならなかったそうだ。このことは、二人の翻訳者がそれぞれ熱烈な村上作品の愛読者でありながら、志向はまったく違うということを証明している。しかし、この話はそこでは終わらない。

 そのころアメリカの一流出版社であるクノップ社から村上さんの短篇集を出す話が持ち上がった。バーンバウム氏が翻訳した原稿と私が翻訳した原稿が同社に送られ、編集者はバーンバウム訳9作とルービン訳8作を選んだ。

 いよいよ本が出て、書評が新聞や雑誌に現れはじめると、批評家たちは全部が全部と言っていいほど、バーンバウム氏のものだけに言及するか、私のものだけに言及するかで、両方にふれた評はなかったのである。彼らもまた、二人の翻訳者の志向の違いを、無意識のうちに反映していたに違いない。
(中略)

 長い時間をかけて骨を折って翻訳したものが、半年で読まれなくなるかもしれないし、後世から見れば明らかな名作を見逃し、愚作を選んで笑われるかもしれない。しかし、生きた文学を翻訳することで、自分が無意識と偶然の連続である創作過程そのものにいくらかでも参加しているという、独特な興奮を味わうことができるのである。

■井戸のイメージ
 村上さんの小説を翻訳する仕事では、無意識や偶然が特に重要なものに思えてくる。デビュー作の『風の歌を聴け』以来、村上文学には廊下や井戸のイメージが頻繁に出てきて、現実世界から無意識の世界への通路の役割を果している。
 作品の人物はそういう通路を通って自分の人間性の核に入ろうとしたり、あるいは反対に、完全に忘れた記憶が同じ通路から不意に出てきて、その不思議なほどの現実性にとまどったりする。

 私が1997年に英訳を完成した『ねじまき鳥クロニクル』では、主人公の享は長い間井戸の中にいて、自分の記憶や無意識の世界を探検する。3部作からなるこの長い小説の第2部、第5章から第11章まで、主人公は井戸の底に座りっぱなしだ。


『村上春樹と私』2:翻訳者の仕事
『村上春樹と私』1:翻訳の苦労

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント