『エクソフォニー』2

<『エクソフォニー』2>
図書館に予約していた『エクソフォニー』という本を、待つこと5日でゲットしたのです。
著者の『地球にちりばめられて』という小説を読んでいるところであるが、イラチな太子はさっそくこのエッセイ集を予約していたのです。



【エクソフォニー】


多和田葉子著、岩波書店、2003年刊

<「BOOK」データベース>より
自分を包んでいる(縛っている)母語の響きからちょっと外に出てみると、どんな音楽が聞こえはじめるのか。母語の外に出ることにより、言語表現の可能性と不可能性という問題に果敢に迫る、境域の作家多和田葉子の革新的書き下ろしエッセイ集。

<読む前の大使寸評>
著者の『地球にちりばめられて』という小説を読んでいるところであるが、イラチな太子はさっそくこのエッセイ集を予約していたのです。

<図書館予約:(8/31予約、9/05受取)>

rakutenエクソフォニー


「第一部 母語の外へ出る旅」で世界の20の都市が語られているのだが・・・
そのなかでマルセイユを、見てみましょう。
p136~
<マルセイユ:言葉が解体する地平>
 マルセイユは同じ港町だということで、ハンブルグと姉妹都市である。そのため作家交流のプログラムがあり、1999年夏、十日間マルセイユに滞在した。通訳の助けを借りて、お互いの作家の作品を読み合い、訳し合うというプロジェクトで、毎年2、3人ずつ相手の町を訪れる。ハンブルグの作家でわたしといっしょにマルセイユに行ったヨアヒム・ヘルファーはフランス語がよくできたが、マルセイユの作家たちの中にはドイツ語のできる人はいなかった。

 通訳付きで、わたしたちはみんないっしょに朝から晩まで図書館の一室にこもって作業することになった。こんなことをして何の役に立つのだろう、2、3日ならいいが十日間もこんなことをしているのは長過ぎるのではないか、と思ったが、主催者である熱心な女性が、短かったら意味がないと言う。それもそうかもしれないと諦めて、向こうの計画に身をゆだねることにした。

 今になって思えば、これほどいろいろな意味で自分のためになった企画はなかったので、参加して本当によかったと思う。マルセイユでは後になってわたしの本を二冊フランス語に訳することになったベルナー・バヌンと知り合えただけではない。毎日朝から晩まで意味のわからない言語に耳を傾けていたせいで、わたしはこれまで体験したことのなかった特殊な精神状態を体験することができた。

 わたしが組んだのはヴェロニク・ヴァシリエという若手の作家だったが、彼女の言っていることと、わたしの言ったことを通訳が訳すのに耳を傾けるだけでも1日4時間、フランス語を聞くことになる。

 意味が分からないフランス語は聞いていても「無駄」なのだから耳を閉じていればいいようなものだが、会話の状態に置かれると、逆に全身が耳になってしまう。聞かずにはいられないし、聞いても無駄だという気はしない。むしろ、言葉の響きと、響きの持つ仕種や体温や光のおかげで、妙に満たされた気分になってくる。


(追って記入予定)


『エクソフォニー』1


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