『文芸春秋(2019年9月号)』1

<『文芸春秋(2019年9月号)』1>
本屋の店頭で『文芸春秋(2019年9月号)』を、手にしたのです。
・・・そして手もと不如意の太子としては久しぶりに、この新刊雑誌を買ったのです。

ナショナリズムできしむ日中、日韓関係は、出版業界のドル箱になっているが・・・
煽り立てるのは、どうかと思うけど。


【文芸春秋(2019年9月号)】


雑誌、文芸春秋、2019年刊

<商品の説明>より
【特集】【第161回芥川賞発表】
「むらさきのスカートの女」今村夏子(受賞作全文掲載)
受賞エッセイ「今日までのこと」
(選考委員選評)小川洋子/髙樹のぶ子/奥泉光/山田詠美
島田雅彦/川上弘美/宮本輝/吉田修一/堀江敏幸

【特集】日韓炎上文在寅政権が敵国になる日
▼日韓基本条約を踏みにじる「歴史の恨」/黒田勝弘
▼慰安婦「贖罪」が韓国に利用された/櫻井よしこ
▼徴用工判決は「李氏朝鮮」への回帰である/宮家邦彦

<読む前の大使寸評>
ナショナリズムできしむ日中、日韓関係は、出版業界のドル箱になっているが・・・
煽り立てるのは、どうかと思うけど。

amazon文芸春秋(2019年9月号)


韓国ウォッチャーの第一人者とも言える黒田さんの見立てを、見てみましょう。
p107~109
<日韓基本条約を踏みにじる「歴史の恨」>
 日韓関係が最悪の局面を迎え、今日の二国間関係の礎である日韓基本条約が危機に瀕しているといわれる。日本支配から解放・独立して七十余年。なぜ韓国はいまだに反日なのか?

 1945年8月15日、日本の敗戦で日本による併合・支配から解放された朝鮮半島は、三年後の1948年、南北それぞれに大韓民国と朝鮮民主主義人民共和国が誕生。前者は米国、後者はソ連が後押しした。その後、米ソ対立の冷戦下で南北は対立関係になり、1950年には北が南に侵攻し戦争となった。

 新しく誕生した韓国と日本は、共産陣営のソ連や中国、北朝鮮など「北からの脅威」に備えるためもあって、国交正常化を急ぐことになった。交渉は朝鮮戦争のさなかの1951年10月に始まったが、国交正常化が実現したのは、1965年6月だった。

 交渉が長引いたのはなぜか。主に韓国側の事情だが、その最大のものは“反日感情”だった。

 日本は先の大戦で米中ソなどいわゆる連合国と戦争したのであって、韓国と戦争したわけではなかった。韓国人は日本統治下で半ば日本人になりかけており、戦場からは遠く空襲もなかった。「日本の敗戦と解放は突然やってきた」といわれている。

 解放・独立後の韓国は、日本人になりかかっていた韓国人から日本的なものを追い出し「本当の韓国人」という、新たな“国民作り”に苦労する。そこで官民挙げて行なわれたのが、過去の日本統治時代を徹底的に否定し非難する反日政策、反日教育だった。日本統治時代は実態以上に暗黒時代として語られ、解放直後は存在しなかった強い反日感情が新たに形成され、拡散した。

 こんな空気の中では、日本との国交正常化交渉は進まない。韓国は必要以上に過去を非難する強い姿勢を取らざるをえない。「日本はいいこともした」といった趣旨の日本側の発言をめぐって韓国側は猛反発するなど、交渉はしばしば中断した。

 交渉では日本統治時代にかかわる「謝罪と反省」や「補償」のこと、さらには竹島という「領土問題」など、近年蒸し返されている日韓間の問題は当然、すべて争点になり、激論が繰り返された。そして14年間の長期交渉にもかかわらず立場の違いは埋まらなかったが、韓国は差し迫った国内外の事情から妥結に踏み切った。

 内外事情とは、米国がベトナム戦争に本格介入するなか、韓国の安定・安全のため日本との協力を強く求めたことと、クーデターで新しく誕生した朴正煕・軍事政権が、経済開発推進のため日本からの支援を望んだからだ。

 「北の脅威」にさらされた韓国としては、日本との国交正常化による日本の支援・協力で経済を発展させ、国の安定と安全を図ろうとした。当時の朴正煕大統領は「自尊心が許さない」といって激しく反対する大規模学生デモを戒厳令で抑え、日本との国交を決断した。

■戦勝国ではないがゆえの不満
 国交正常化交渉では「日韓の基本関係に関する条約」と「請求権および経済協力協定」など四協定が結ばれたが、対立し最後まで折り合いがつかなかった争点は、棚上げあるいは玉虫色の解釈で処理された。争点にこだわっていては、あの時点での国交正常化は不可能だったからだ。
(中略)

 補償問題は「請求権協定」にかかわるが、協定には「補償」や「賠償」という言葉は存在しない。韓国側はそれを要求したが、日本側は戦勝国ではない韓国に「賠償」はあたらないし、さらに植民地支配に対する「補償」は国際的にはありえないとの立場で拒否した。
 
 ただ、日本統治時代の韓国側の資産や人的被害などに関する“請求権”としての資金提供に、経済協力の意味を加え有償・無償五億ドルを提供した。この資金について当時、交渉にあたった韓国側当局者は、後に回顧録で「国際法的、論理的に難しさがあった」といい、結果的に独立祝賀金のようなものになったと語っている(拙著『韓国人の歴史観』文春新書)
(中略)

 つまり1965年の国交正常化は、結論の出ない対立点は棚上げしたりあいまいにしたまま、お互い冷戦時代に迫られた「安保と経済」という現実的な国家利益のため妥協し合った結果だった。韓国にとっては「併合条約無効論」や謝罪・反省、補償要求など、いわば原理的ともいうべき主張は退けられたことは国際社会が認めるところだ。


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