『「悪知恵」のすすめ』2

<『「悪知恵」のすすめ』2>
図書館で『「悪知恵」のすすめ』という本を、手にしたのです。
鹿島茂氏といえばドーダの人である・・・
その人の説く「悪知恵」となると気になるわけです。



【「悪知恵」のすすめ】


鹿島茂著、清流出版、2013年刊

<「BOOK」データベース>より
「すべての道はローマに通ず」「火中の栗を拾う」などの名言を残したフランスの詩人、ラ・フォンテーヌがイソップ童話を題材にして書いた大人のための寓話集。

<読む前の大使寸評>
鹿島茂氏といえばドーダの人である・・・
その人の説く「悪知恵」となると気になるわけです。

rakuten「悪知恵」のすすめ


ラ・フォンテーヌの『寓話』に例えてゲリラ戦が語られているので、見てみましょう。
p69~72
<最も恐るべき敵は、ときに最も矮小な敵である> 
■ライオンに勝利したブヨ
 アメリカのベトナム戦争と旧ソ連のアフガン戦争が残した大きな教訓というのは、どれっほどの軍事大国であろうと相手にゲリラ戦をやられたら最後、絶対に勝てないということである。

 第二次大戦までの正規軍同士の「会戦」型の戦争なら、敵を殲滅したついでに戦闘員・非戦闘員の別なく皆殺しにして、領土を占領してしまえば、それでケリはついた。
 ところが、原爆という究極兵器が登場し、しかも、これが究極兵器であるがゆえに禁じ手となって以来、こうした皆殺し型の戦争は不可能になってしまった。そこで、限定兵器による局地戦を繰り返すほkはなくなったのだが、これだと、永遠に「終戦」はやってこないことになる。

 朝鮮戦争で見え始めたこの徴候はベトナム戦争で明らかになり、旧ソ連のアフガン戦争で歴然たるものとなり、現在もなお続いているアフガン・イラク戦争でだれが見ても明々白々たるものとなった。しかし、ではゲリラ戦で侵入者を撃退した国に完全なる勝利と平和がもたらされたのかというと、こちらも首をかしげざるを得ない。敵がいなくなったとたんに内戦が起こり、こちらも完全なる勝利者が出ないままに泥沼化するからである。

 もはや、どんな戦争だろうと、どちらの側にも勝利者は存在しなくなったのである。
 このことを予感させるラ・フォンテーヌの『寓話』が「ライオンとブヨ」である

 ある日のこと、いつまでもうるさくつきまとうブヨにライオンが怒りを爆発させて怒鳴った。「立ち去れ、虫ケラ、大地の滓め」。
 すると、意外なことにこの侮辱にブヨが逆上して宣戦を布告した。「百獣の王だというが、オレ様は怖くなんかないぞ。ウシはおまえより大きいが、オレの思いのままだ。いまに見ておれよ」。

 そして、言うが早いか攻撃を開始した。大空高く舞い上がったあと思うと急降下してライオンの頸を痛撃した。ライオンは狂わんばかりに吠えたて、泡を吹き、目を見開いて威嚇した。おかげで近くにいる獣たちは恐れおののいて避難したが、しかし、ブヨの健闘精神はいささかもひるむことなく、第二波攻撃にとりかかる。背中を、鼻づらを刺しまくる。そして、あろうことか、鼻孔の奥にまで入りこみ、好きなだけ鉾を差しこむ。
(中略)

 ブヨは誇らしげに鉾を納め、勝利のラッパを吹き鳴らしながら自分の栄光をほうぼうに知らせに行こうとする。その途中、目に見えなかったクモの糸に引っかかり、哀れ、待ち伏せしていたクモにむさぼり食われてしまう。

■恐るべきは、小さな敵
 では、この寓話から、われわれはどんな教訓を引き出したらいいのか?
 ラ・フォンテーヌ先生は言う。教訓は二つある。

 一つは、最も恐るべき敵は、ときとして最も矮小な敵である、ということ。もう一つは、大きな危険を免れることができた者がつまらぬことで身を滅ぼすことがある、ということ。

 この教訓は大切だ。
 たとえば、日本とアメリカである。日本を完膚無きまでに叩きのめしたと思いこんだアメリカは、日本をブヨ扱いにして、哀れみから物欲資本主義の方法を貸し与えたが、それから30年後には、叩きつぶしたはずのこのブヨに足をすくわれることになる。1990年のバブル崩壊まで、日本の改良型物欲資本主義というブヨは確実にアメリアというライオンを衰弱させ、敗戦による屈辱をある程度はすすいだのだ。


『「悪知恵」のすすめ』1

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