顔面移植(ナショナルジオグラフィック2018年11月号)

<顔面移植(ナショナルジオグラフィック2018年11月号)>
図書館で『顔面移植(ナショナルジオグラフィック2018年11月号)』という雑誌を、手にしたのです。
ぱらぱらとめくってみると、「オナガサイチョウの受難」という鳥シリーズの特集があるではないか・・・
鳥シリーズをフォローしているので、その一貫として借りたのです。



【顔面移植(ナショナルジオグラフィック2018年11月号)】


雑誌、日経ナショナルジオグラフィック社、2018年刊

<商品の説明>より
特集
●顔面移植:18歳で顔を失った米国人女性が、人生を取り戻すため、顔面移植を受けた。

●南極半島 消える氷:海氷が解けると、極地の生物にどんな影響が出るのか。南極半島の現状を追った。

●未来の食べ物:人口増加で心配される食料の確保。新しい食材が注目され始めている。

●オナガサイチョウの受難:密猟者と生息地の消失が、奇妙なくちばしをもつこの鳥を追い詰めている。


<読む前の大使寸評>
ぱらぱらとめくってみると、「オナガサイチョウの受難」という鳥シリーズの特集があるではないか・・・
鳥シリーズをフォローしているので、その一貫として借りたのです。

amazon顔面移植(ナショナルジオグラフィック2018年11月号)


南極半島の気候変動を、見てみましょう。
p74~80
<ほとんど誰もいない土地で生まれ育った少年の話から始めよう>
 彼の名はディオン・ポンセ。生れたのは、南大西洋に浮かぶ英領サウスジョージア島だ。かつて捕鯨基地があったリース港に停泊中のヨットの船内で産声を上げた。

 父親のフランス人冒険家がヨットで世界一周をしていたとき、オーストラリアのタスマニア島の港で動物学者の母親と出会う。2人は南大西洋を航海しながら、3人の息子をもうけた。ディオンは長男だ。一家は南極半島の西岸を何年も旅し、地図にない入り江に上陸しては、アザラシや顕花植物、海鳥を調査した。

 南極半島は南極大陸から北に延び、山脈や火山が連なる全長1300キロの長大な半島だ。この半島が3人の遊び場だった。兄弟はここで本を読み、絵を描いた。時にはペンギンを追い回し、打ち捨てられた調査小屋からチョコレートを失敬し、誰も足を踏み入れたことがないような斜面でそり遊びをすることもあった。ほあの子どもならば校庭でいじめっ子と対決する年頃のとき、ポンセは急降下してきたトウゾクカモメに頭を蹴られて泣いていた。三兄弟の生活は、1990年にナショナルジオグラフィック制作の番組にもなっている。
 それから30年近くたった寒い夕暮れ、39歳になったポンセは全長26.5メートルのハンス・ハンソン号の操舵室で、アデリーペンギンの姿を探していた。寡黙な彼はブロンドの髪、がっしりした顎、大きな手の持ち主だ。今は南大西洋の英領フォークランド諸島に暮らし、科学者などを乗せてサウスジョージア島や南極大陸周辺を航行するチャーター船の船長をしている。私はポール・ニックレンをはじめ3人の写真家とともに、南極半島西岸の航海に出発した。

 この最果ての地に定住者はいない。しかし人類は、原初の姿を色濃く残した海と自然を急速に破壊している。何千キロも離れた場所で燃やされる化石燃料が原因で、南極半島の西岸の気温が急速に上昇しているのだ。そのペースは北極を除けば、地球上のどこよりも速い。温暖化は生態系の精密な歯車を狂わせる。

 それは動物の食生活、休息場所、子育てはもちろん、ほかの動物との関係にまで影を落とす。ほぼすべての動物にとって栄養源となるオキアミも、遠洋漁業のトロール船がごっそり捕獲する。オキアミは栄養補助食品や薬の原料のほか、ノルウェーの養殖サケや、水槽で飼われる熱帯魚の餌になる。

 あまりに多くの変化が急速に進むため、科学者も未来の予測ができない。「大変なことが起きているのは確かです」と話すのは、米ストーニーブルック大学でペンギンを研究する生物学者のヘザー・リンチだ。「問題は状況が正確につかめないことなんです」

 半島西部では、アデリーペンギンの数が90%以上減った。ある入り江には1904年に大群がいた記録が残っているが、今では「巣が6ヶ所ほどあるだけ」だとポンセは言う。それでも操舵室から大きなコロニーを見つけられたので、私たちは西岸を離れて半島北東部のポーレット島に向かった。ポーレット島の岩場の斜面に、何千羽ものペンギンが行儀よく並んでいる。
(中略)

 南極には死と混沌しかないわけではない。全体で見れば数百万羽ものアデリーペンギンが生息している。しかし半島西部では深刻な変化が起きており、それをつぶさに見てきた者はポンセぐらいしかいない。彼が慣れ親しんできた世界が、崩壊しつつある。
「子どもの頃によく行った場所や、当たり前のように経験していたことが、見果てぬ夢になってしまいました」

■変わる南極半島
 南極大陸の大部分は雪と風が吹き荒れ、気温が氷点下96℃にまで下がることがあるような不毛な高原だ。しかし、ポンセの知る南極はまるで違う。

 南極半島は北の温帯に向かって湾曲しながら延びているため、南極大陸にしては温暖だ。夏の気温が0℃を超えることも多く、露出した花崗岩や玄武岩に植物が点々と生えている。アデリーペンギンは大陸沿岸に広く生息しているが、オットセイやゾウアザラシ、ジェンツーペンギン、ヒゲペンギンは半島にしかいない。空にはミズナギドリやサヤハシチドリが飛び交う。彼らはみんな海の恵みで生きているのだ。
(中略)

 1821年には、半島西部に米国コネティカット州の猟師たちが一時的に上陸した。おそらく彼らが南極大陸に足を踏み入れた最初の人間だろう。
 やがて捕鯨もさかんになり、イワシクジラ、シロナガスクジラ、ナガスクジラザトウクウジラが銛で仕留められた。鯨ひげと呼ばれる部分はむちや傘の骨、コルセットに使われ、鯨油は暖房やランプの燃料、マーガレットの原料になった。20世紀初頭には、サウスジョージア島は捕鯨の一大拠点となっていた。リース港の最後の捕鯨基地が閉鎖されたのは1966年のことだ。

 当時と比較すると、気候変動の影響は歴然としている。南極半島西部の冬の気温は、1950年代から5℃以上も上昇した。海水が表面近くで凍ると海氷ができるが、風の影響で海水の循環が変わり、温かい水が海面近くに上昇した結果、海氷が出現する時期が遅くなり、消えるのが早くなった。半島西部では、海氷のない日が1979年に比べて90日増えている。

 ポンセが生まれる前の冬、両親は半島西岸の中部に位置するマルグリット湾を、氷結した時期にそりで移動し、キャンプしながら調査したという。「海氷がほとんどできない昨今では、とても無理な話です」

 海が氷に覆われなくなったために、暖かい海水が冷たい空気に接触して蒸発し、世界で最も乾燥していたこの場所に雪や雨まで降らせる。マルグリット湾を2016年に旅したときは、土砂降りがほぼ1週間続いたとポンセは話す。「30年前には、空から雨粒が落ちるのを見た人なんていませんでした」


おお 南極半島あたりでは1966年まで捕鯨基地が開いていたのか・・・
その頃は、シーシェパードのような金儲け主義の暴力集団はいなかったなあ。

ネット情報でシーシェパードを捜してみました。

訪日シー・シェパード活動家の正体 どんな嫌がらせをしているのかより
 太地町に活動家が殺到するようになった直接のきっかけはやはり『ザ・コーヴ』だったのだが、1年目の宣伝効果をふまえ、キャンペーンを継続するかどうかについては、現在、パリに逃亡している創始者のポール・ワトソン容疑者(64)が最終判断を下したようだ。

 太地町の反イルカ漁キャンペーンは「可愛くて頭の良い動物が殺される」という人間の感情論に訴えるものであり、ワトソン容疑者の頭の中には、他のキャンペーンに比べても集客力があるとの認識があったようだ。

 キャンペーン自体にショー的な要素も強く、太地での活動は当初からSSの最重要キャンペーンの一つとして、位置付けられている。3年目ごろからは米豪以外にも、欧州など他の地域の活動家も目立つようになった。

 もう1つのSSの重要キャンペーンである南極海の調査捕鯨妨害キャンペーンに比べると、インフラや生活環境の整い、安全で快適に滞在できる日本国内でのキャンペーンは、体力的なハードルも低い。統計でみれば、参加した活動家の54%が女性だった。また女性は、可愛らしいイルカを守りたいという気持ちが男性よりも強いのかも知れない。

■キャリアアップになる太地での運動
 活動家は大まかには2種類あり、1つはそれぞれの国で本職を持ち余暇を利用して太地町を訪れるアマチュア活動家、もう一つは日本で長期滞在が出来る、定職を持たない「プロ」の活動家である。


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