『しぶとく生きろ』2

<『しぶとく生きろ』2>
図書館で野坂昭如著『しぶとく生きろ』という本を手にしたのです。
野坂さんといえば戦中派であり、まずなんと言っても『火垂るの墓』である。
この本でもしぶとく生きる術が見られるはずだということで借りたのです。




【しぶとく生きろ】


野坂昭如著、毎日新聞出版、2011年刊

<「BOOK」データベース>より
「3・11」以前から、一貫して言い続けてきた言葉が「3・11」以後、揺るぎないものとして身にせまる。作家は何を見つめ、何を語るのか。この人の生き様に学ぶ。

<読む前の大使寸評>
野坂さんといえば戦中派であり、まずなんと言っても『火垂るの墓』である。
この本でもしぶとく生きる術が見られるはずだということで借りたのです。

rakutenしぶとく生きろ


食に関するご意見をもう一つ、見てみましょう。
p89~91
<捕鯨とマグロ>
 ぼくらの頃は、男女席を同じくせずの流れがあった。それでも同級生の中には女の子と喋る強者がいた。ぼくはダメ。まともに目を合わせることさえできなかった。当時制服などない。みんな誰かのおさがりでバラバラの格好。男は半ズボンに丸坊主。女子はおかっぱ頭と決まっていた。

 放課後になると、桜の下で相撲をとり、鉄棒にぶらさがった。それが何より楽しかった。ぼくが5年生になった時、戦争が始まった。あの場所で、あの桜は今年も見事な花をつけているのだろうか、見たいものだ。

 食はその国の文化と密接にかかわっている。伝統食は食の文化そのもの。主食でいえば、日本人は粒食、つまり米や麦。西洋人は粉食、パンやスパゲッティなどを食べてきた。その背景にはそれぞれ伝統が生きている。国同士交流するのはいい。しかし各自独自の特徴は保つべきだろう。伝統はその国の風土、気候、知恵に根ざして培われたもの。伝統食を軽んじることはつまり、これを棄てることである。

 日本は昔から鯨を捕って食べてきた。その脂や骨、ヒゲまで生活に利用してきた。戦争に負けて以後、この習慣は薄くなった。それまでめったになかった牛や豚が、一般化し、食糧事情は少しずつ良くなり食べるものに選択ができたせいもあるだろう。その一方で、動物愛護の立場から反捕鯨がいわれて久しい。生きとし生けるもの、いつかはいなくなるのが自然の摂理。とはいえ、その危機に瀕した種類を守るのは人間のつとめ。しかし、本来命に差はない。

 動物をかわいがる気持は理解できる。子供の傍に動物がいることは、成長する上で必用なことでもある。自分より小さい動物、あるいは弱い生きものを身近にすることで、優しさ、思いやりを培う。

 家族の一員として老いて死ぬまで生活を共にする。かけがえのない経験。しかしまた、ぼくらが日々、口にしているものの大半は生きものである。牛にしろ豚にしろ鶏にしろ魚にしろ、野菜だって生きている。僕らは命を食べて生きながらえているのだ。

 今でも珍しくないだろうが、昔は家で飼っている鶏を絞めて食べたもの。年寄りが捌き、傍らで孫がじっとそれを見ている。お膳に並ぶとみんなが拝んでから食べた。まさにこれが、いただきますである。ふざけた食べ方をすると年寄りに怒られた。食べられるところすべて、有り難く食べるのが当たり前だった。

 今、ペットとして生きものをかわいがる一方で平気で食べ物は粗末にする。これはおかしい。捕鯨の国日本、文化を守るのも大事。しかし今の日本人は捕鯨、反捕鯨以前に、食べることの大事さを知るべきだろう。島国日本は、近海で獲れる魚を食べ、後は農で生きてきた。本来島国は自給自足が原則。大陸に比べ豊富ではないものの、食は安定しているものだった。

 いつしか食生活は変わり、気づけばまったくの外国頼み。食べ物はあふれ、そしてその状態を誰もが当たり前だと思っている。今回のクロマグロ禁輸は一応否決された。
 だが、めでたしとは言えない。日本人の食べ物とのかかわり方を考え直す、いい機会にすべきだろう。
                                                2010年3月27日

ウーム 普段大使はクジラを食べないで我慢できるのだが・・・外国から「食べるな」と言われる筋合いはないのである。
日本はこのたび国際捕鯨委員会を脱退したので、これからニッポンの捕鯨船はシーシェパードのならず者たちを思う存分蹴散らしてほしい(オイオイ)

『しぶとく生きろ』1

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