アパート経営商法の闇?

<アパート経営商法の闇?>
ネットをめぐっていて、『大東建託の内幕』の出版を中止せよという記事があり気になったのです。
MyNewsJapanの調査報道と企業の言論弾圧との戦いのようだが・・・
このあと調べてみます。

なんでこの記事が気になるのか? 
買うにしろ、借りるにしろ、貸すにしろ、住宅は高額商品の最たるもので、庶民の夢でもあるのだが・・・
新築に短絡するニッポンの住宅政策が気になるわけです。


2018/12/25『大東建託の内幕』の出版を中止せよ―大東建託から版元に内容証明届くより
 MyNewsJapan連載を書籍化した『大東建託の内幕“アパート経営商法”の闇を追う』(同時代社)は、ことし6月の出版後1週間で初刷1,500部を完売、以後増刷を重ね、12月現在で1万4,000部が全国に流通し、この種のノンフィクション本としては大反響となった。
 筆者の元には、同書を読んだ顧客や社員・元社員らからの悲鳴が連日届いており、新聞・テレビが長年黙殺してきた「大東建託商法」の問題の深刻さを雄弁に物語っている。こうした状況のなか、2018年12月12日、大東建託から出版元・同時代社に内容証明郵便が送りつけられた。出版は名誉毀損であるから、中止・回収し、今後発行しない旨の誓約書を出せ――というのだ。

 同書を契機とした批判の高まりを無視できなくなり、名誉毀損訴訟による“恫喝”を企てているものと思われる。むろん筆者も出版社も「出版中止要請」に応じるつもりはない。不当な言論弾圧には断固として戦う決意を互いに確認し、「有事」を想定して警戒態勢に入った。



【大東建託の内幕】


三宅勝久著、同時代社、2018年刊

<「BOOK」データベース>より
“一括借り上げ(サブリース)で資産運用”の甘い罠。「こんなはずではなかった」と苦しむアパート経営者たち。契約を取るために犯罪に手を染める社員、パワハラが横行する職場、成果主義に追い詰められて自殺事件が続発ー。「いい部屋ネット」の大東建託で何が起こっているのか!

<大使寸評>
買うにしろ、借りるにしろ、貸すにしろ、住宅は高額商品の最たるもので、庶民の夢でもあるのだが・・・
新築に短絡するニッポンの住宅政策が気になるわけです。

rakuten大東建託の内幕



新築に短絡する住宅ということで・・・以前とりあげた『居住の貧困』という記事をまるまる復刻します。
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<『居住の貧困』>
我が家は、阪神・淡路大震災の後に、一戸建てのプレハブ住宅を建てたわけですが・・・
たぶん、この震災がなければ木質系の在来工法を選んでいただろうと思うわけです。
確かに地震に対してはプレハブ住宅が一番強かったが、プレハブ住宅が好きというのでもなかったのです。

このように個人的な好き嫌いがあるのだが、この本でプレハブ住宅がどのように書かれているか、興味深いのです。


【居住の貧困】
居住

本間義人著、岩波書店、2009年刊

<「BOOK」データベース>より
職を失い、住まいを奪われる人たち、団地で進む高齢化と孤独死、規制緩和がもたらしたいびつな住環境…。人権としての居住権が軽視され、住まいの安心・安全が脅かされている日本社会の現状を詳細に報告。社会政策から経済対策へと変容した、戦後の住宅政策の軌跡を検証し、諸外国の実態をもとに、具体的な打開策を提言する。
【目次】
第1章 住む場がなくなる/第2章 いびつな居住と住環境/第3章 居住実態の変容、そして固定化へ/第4章 「公」から市場へ-住宅政策の変容/第5章 諸外国に見る住宅政策/第6章 「居住の貧困」を克服できるか

<読む前の大使寸評>
我が家は、阪神・淡路大震災の後に、一戸建てのプレハブ住宅を建てたわけですが・・・
たぶん、この震災がなければ木質系の在来工法を選んでいただろうと思うわけです。
この本で、プレハブ住宅がどのように書かれているか、興味深いのです。

rakuten居住の貧困


プレハブ住宅と分譲マンションの出現で、街の景観が変わったほどですが、そのあたりを見てみましょう
p137~142
<プレハブ住宅の発展>
 住宅産業としてのプレハブメーカーが登場するのも、1950年代から60年代にかけてです。たとえば、もっとも古い積水化学は47年設立ですが、ナショナル住宅産業が50年、ミサワホームが51年、大和ハウスが55年、積水ハウスが60年といった具合です。そして87年には日経・住宅供給ランキング130社の上位5位までを、これらプレハブメーカーが占めるまでに成長することになります。これは国の産業政策としてのプレハブメーカー育成策によるところが大きかったのです。

 プレハブ住宅は当初、組み立て住宅と呼ばれていました。価格は安いが粗悪で、物置などに使われることが多かったのです。ところが、東京オリンピック直前の63年、住宅建築の需要に対応する名目で、建設省が省内に「建築生産近代化促進協議会」を設けてプレハブ住宅促進を打ち出し、「住宅建設工業化の基本構想」をまとめました。それ以降、プレハブ住宅が一挙に拡大することになります。

 さらに71年、建設省と通産省が80年までに一戸建てプレハブ住宅を、75年当時の約半分の価格(床面積100平方メートルで500万円台)で供給しようという「ハウス55」なるプロジェクトをスタートさせます。それによって、供給拡大に一層拍車がかかることになり、従来工法による住宅供給を超えることになったのです。つまり、国の後押しがあって、プレハブ住宅の需要が増え、メーカーはその基盤を確かなものにしていったのです。

 しかし、プレハブ住宅は戸建てが中心でしたから、都市空間を著しく改変するまでには至りませんでした。その都市空間が一変するのはマンションという集合住宅供給が住宅産業の主力になるに至ってからのことです。

<大型分譲集合住宅の建築ラッシュ>
 戦後の東京で分譲集合住宅が初めて登場したのは1956年のことです。日本信販の子会社であった信販コーポラスが新宿区四谷に建てた四谷コーポラスが最初です。この集合住宅は高級志向で、当時としては珍しいセントラルヒーティングを備えており、500万~800万円台で分譲されました。同年には東急代官山アパートが賃貸集合住宅として誕生しています。

 こうした富裕層を対象としたものが大衆化するのは、秀和が60年に青山レジデンスという集合住宅を売り出してからだといわれています。これらはいずれも都心につくられましたが、60年代末になると、郊外に大型の団地まで現われることになります。田んぼの中に公団や公社の団地と同様な街が出現したわけです。

 ただし、このあたりまでは民間集合住宅の開発によって、周辺住民が異議を唱えるほどに空間が改変されてしまうことはなかったように思われます。また住宅産業も今日ほど巨大化していませんでした。それが一変するのは中曽根内閣によって、民間による都市再開発が進められて以来のことではないかと思われます。

 中曽根内閣による民間資本への支援策は、都市・建築規制の緩和と国公有地の払い下げの二つを中心に進められました。うち規制緩和は、83年4月に経済対策閣僚会議で「今後の経済対策について―規制の緩和策による民間投資の推進策」が決定されたのを受けて、一気に走りだします。政府に民間活力検討委員会が設けられ、その報告に基き、建設省がまとめた「規制緩和等による都市開発の促進方策」は、それまでの都市計画法や建築基準法が行ってきた規制策を大幅に緩和して、民間資本が都市開発に参入しやすくしようとするもので、きわめて多岐にわたるものでした。

 それは例えば、都市計画を見直し、大都市中心部の住宅地を中高層住宅に代える、特定街区での容積率の割り増しを行い、複数街区では未利用容積の移転を可能にする、住宅を用途とした建築物に大幅な容積率の割り増しを認める市街地住宅総合制度を積極的に活用する、などといった内容でした。これにより民間資本は市街地に大型集合住宅を開発しやすくなったのです。

 東京では、隅田川の景観を一変させた超高層の集合住宅が出現することになり、それに続き各所でいわゆるタワーマンションと称される巨大集合住宅の建設ラッシュが起こります。そして住民との間でさまざまな紛争を起こすことにもなったのです。こうした施策が「中曽根アーバンルネッサンス」といわれたのは前述している通りです。 

<住宅産業の繁栄、住宅政策の貧困>
 国公有地の払い下げについては、中曽根首相の指示で政府に国公有地等有効活用推進本部が設けられ、まず人口10万人以上の都市にある国有地163件(65ヘクタール)などを払い下げることが決定されます。これを受けて大蔵省理財局長の私的諮問機関、公務員宿舎問題研究会が、わずか1ヵ月の検討で、そのモデル第一号として東京都新宿区の西戸山団地(30ヘクタール)の払い下げを決めたのを皮切りに、各地で旧国鉄用地を含め、国公有地の払い下げが行われることとなります。

 この西戸山団地の払い下げを1983年、随意契約で受けたのは、三菱地所を発起人総代とする出資者募集に応じた不動産業56社により設立された西戸山開発会社です。この会社の中心になったのは中曽根首相に個人献金をしていた人物でした。同社はそれまで中層400戸の団地を中高層670戸の集合住宅団地に再開発しました。
(中略)

 いずれにしても、この中曽根民活はそれまでの都市における生活空間を経済空間に変え、これをきっかけに大手住宅産業とデベロッパーがますます巨大化していくことになります。

 こうした直接、住宅政策によらない、むしろ産業政策として進められた住宅供給が中高所得層の住宅取得・改善に果たした役割は無視できないところですが、だとしたら住宅政策は、そうした住宅供給に応じられない低所得層を対象とした施策をより重点的に進めるべき公的責任があったはずです。
 その公的責任が縮小するばかりなので、逆に住宅産業による住宅供給が隆盛の一途をたどり、低所得層まで無理をして住宅取得するケースが増えるのです。

 その結果、ローン地獄や破産状態に追い込まれる人たちが増え、また居住貧困、居住格差が拡大し、さらには街全体が壊れていっているのは、どう見てもいびつとしかいいようがありません。


・・・ということで、(ニッポンの宿題)やはり新築・持ち家?なんかを読み返してみようと思うのです。

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