個人的言語学12-R6

<個人的言語学12-R6>  
異邦、異邦人に対する興味、あこがれがこうじてくると、その言語に目が向けられる・・・・・
ということで、方言とか言語とかについて集めてみます。
最近は仕事の関係もあり韓国語にはまって、おります。(退職して7年たちましたが)

・外国語学習について
・文字渦
・日本語の謎を解く
・アジア辺境論
・「身体」を忘れた日本人
・多言語のスイス
・『メッセージ』を公開初日に観た
・英語教育で先行する韓国では
・上橋さんの英語習得エピソード

ヒエログリフ
12-R6:『文字渦』『外国語学習について』を追記
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個人的言語学11>目次
・天才的なマルチ・リンガル
・紙の動物園
・あやしい日本語学校
・街場の文体論
・世界の文字とことば
・活発化する機械翻訳

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個人的言語学10>目次

・おっとりと論じよう
・日本語に生まれて
・日本語は亡びるのか?
・無理筋のハングル普及
・愛と日本語の惑乱
・漢字廃止で混乱する韓国
・Jブンガク

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個人的言語学9>目次
・漢字をめぐる不毛な論争
・必死のパッチ
・第二外国語の流行り廃れ
・言語表現法講義
・137億年の物語2
・絶滅寸前の満州語

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個人的言語学8>目次
・文字を持っていた突厥帝国
・ベトナム語の悲哀
・外国語の記憶
・なぜ日本人は日本語が話せるのか
・『日本語は生きのびるか―米中日の文化史的三角関係』
・「カラカラ」を観た
・敵性米語について

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個人的言語学7>目次

・サイズと話し言葉
・関西人の話法
・関西弁強化月間みたいに
・全国アホ・バカ分布図
・漢字文化圏の成り立ちについて
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個人的言語学6>目次
・既に漢字文化圏
・「日本隠し」を続ける意地はすごいけど
・『海角七号』で日本語で歌われた「野ばら」
・漢字文化圏あれこれ

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個人的言語学5>目次
・10年後に食える仕事、食えない仕事
・英語や中国語より人生に役立つ言語を学ぼう
・翻訳とは憑依することである
・今日から始まる「100分de名著・徒然草」
・「実戦・世界言語紀行」2
・「日本語を書く部屋」
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個人的言語学4>目次
・「実戦・世界言語紀行」1
・泉州弁と河内弁の違い
・文字を得るということ(工事中)
・「すごっ」 ツッコミ語
・つれづれなるままに「徒然草」
・英語が嫌いな人にお奨めの本です

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個人的言語学3>目次
・「心臓に毛が生えている理由」
・漢字廃止で韓国に何が起きたか
・アジアの共通言語
・北方朝鮮族の女に
・孔子批判
・よくわからないけど

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個人的言語学2>目次
・関西弁の通訳
・英語公用化と絶滅危惧言語
・漢字物語
・リンガ・フランカ教育
・関西弁へのこだわり
・助詞(テニヲハ)がリエゾンする
・初等学校漢字教育反対汎国民委員会
・漢字文化圏の再興
・「日本辺境論」を読んだところですが
・exite翻訳のお手並み
・横尾さんのもの忘れ
・こんなの 序の口です
・カペでコピ(個人的ハングル講座 その3)工事中
・良質なハングル入門書
・英語が出来て当たり前か?
・現存する唯一の表意文字
・日本語を愛する者の心の叫び

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個人的言語学1>目次
・ぼっけえ きょうてえ
・「ちりとてちん」が ええな~
・ガラオケ・・・なんじゃそれ?
・韓国人の英語力
・呉音が好き
・ドングリ国の公用語
・野ばら
・カペでコピ(個人的ハングル講座 その2)
・カペでコピ(個人的ハングル講座 その1)
・泥縄式英会話術
・韓国のおさらい
・Yanさんの方言変換Proxyサーバ
・3都の関西弁 
・『河内弁基礎講座』文法編
・全国方言コンバータ 
・コンバータあれこれ
・スウェーデン語とノルウェー語 
・ラジオ日本
 
・アイヌ語ラジオ講座 
・excite翻訳のお手並み
・日本語あれこれ
・英語になった日本語のリスト
・バスク語 
・イディシ語 なに?  
・ムバンドウ語 なに? 
・アイルランド語とブルトン語 
・カタラン語



内田先生が外国語学習について次のように語っているので、拝聴した次第です。


2018/10/31外国語学習についてより
 その後、1960年代から僕はフランス語の勉強を始めるわけですけれども、この時もフランス語そのものに興味があったわけではありません。フランス語でコミュニケーションしたいフランス人が身近にいたわけではないし、フランス語ができると就職に有利というようなこともなかった。そういう功利的な動機がないところで学び始めたのです。フランス文化にアクセスしたかったから。

 僕が高校生から大学生の頃は、人文科学・社会科学分野での新しい学術的知見はほとんどすべてがフランスから発信された時代でした。40年代、50年代のサルトル、カミュ、メルロー=ポンティから始まって、レヴィ=ストロース、バルト、フーコー、アルチュセール、ラカン、デリダ、レヴィナス・・・と文系の新しい学術的知見はほとんどフランス語で発信されたのです。

 フランス語ができないとこの知的領域にアクセスできない。当時の日本でも、『パイデイア』とか『現代思想』とか『エピステーメー』とかいう雑誌が毎月のようにフランスの最新学術についての特集を組むのですけれど、「すごいものが出て来た」と言うだけで、そこで言及されている思想家や学者たちの肝心の主著がまだ翻訳されていない。フランス語ができる学者たちだけがそれにアクセスできて、その新しい知についての「概説書」や「入門書」や「論文」を独占的に書いている。とにかくフランスではすごいことになっていて、それにキャッチアップできないともう知の世界標準に追いついてゆけないという話になっていた。でも、その「すごいこと」の中身がさっぱりわからない。フランス語が読めないと話にならない。ですから、60年代―70年代の「ウッドビー・インテリゲンチャ」の少年たちは雪崩打つようにフランス語を学んだわけです。それが目標文化だったのです。
 
 のちに大学の教師になってから、フランス語の語学研修の付き添いで夏休みにフランスに行くことになった時、ある年、僕も学生にまじって、研修に参加したことがありました。振り分け試験で上級クラスに入れられたのですけれど、そのクラスで、ある日テレビの「お笑い番組」のビデオを見せて、これを聴き取れという課題が出ました。僕はその課題を拒否しました。悪いけど、僕はそういうことには全然興味がない。僕は学術的なものを読むためにフランス語を勉強してきたのであって、テレビのお笑い番組の早口のギャグを聴き取るために労力を使う気はないと申し上げた。その時の先生は真っ赤になって怒って、「庶民の使う言葉を理解する気がないというのなら、あなたは永遠にフランス語ができるようにならないだろう」という呪いのような言葉を投げかけたのでした。

 結局、その呪いの通りになってしまったのですけれど、僕にとっての「目標文化」は1940年から80年代にかけてのフランスの知的黄金時代のゴージャスな饗宴の末席に連なることであって、現代のフランスのテレビ・カルチャーになんか、何の興味もなかった。ただ、フランス語がぺらぺら話せるようになりたかったのなら、それも必要でしょうけれど、僕はフランスの哲学者の本を読みたくてフランス語を勉強し始めたわけですから、その目標を変えるわけにゆかない。フランス語という「目標言語」は同じでも、それを習得することを通じてどのような「目標文化」にたどりつこうとしているのかは人によって違う。そのことをその時に思い知りました。




<『文字渦』4>
図書館に予約していた『文字渦』という本を、待つこと1ヵ月ほどでゲットしたのです。
「紙の動物園」のような言語学的SFが大使のツボであるが、この本はそれよりもさらに学術的であり・・・果して読破できるか?と、思ったりする。


【文字渦】


円城塔著、新潮社、2018年刊

<出版社>より
昔、文字は本当に生きていたのだと思わないかい? 秦の始皇帝の陵墓から発掘された三万の漢字。希少言語学者が遭遇した未知なる言語遊戯「闘字」。膨大なプログラミング言語の海に光る文字列の島。フレキシブル・ディスプレイの絵巻に人工知能が源氏物語を自動筆記し続け、統合漢字の分離独立運動の果て、ルビが自由に語りだす。文字の起源から未来までを幻視する全12篇。

<読む前の大使寸評>
「紙の動物園」のような言語学的SFが大使のツボであるが、この本はそれよりもさらに学術的であり・・・果して読破できるか?と、思ったりする。

<図書館予約:(9/05予約、10/16受取)>

rakuten文字渦

『文字渦』3:「新字」の謎
『文字渦』2:「第5回遣唐使」
『文字渦』1:CJK統合漢字



<『日本語の謎を解く』1>
図書館で『日本語の謎を解く』という本を、手にしたのです。
日本語とか外国語とかは大使のツボでもあり、外国語のほうはヘタの横好きの感があるわけです。
でも日本語なら、全然、大丈夫でおま♪

 日本語と英語の違いといえば、まず主語が要らない日本語が挙げられるわけで・・・
そのあたりを見てみましょう。
p153~154
<日本語はなぜ主語を「省略」できるのか。> 
 日本語は主語を「省略」できるのが特徴と言われています。しかし、主語を省略するのは日本語だけではありません。

 ヨーロッパの言語でも、スペイン語やイタリア語では主語が出てこないのが普通です。特に人称代名詞の場合には、ほとんど省略されます。ロシア語は一般的には省略しませんが、することも可能です。なぜかというと、これらの言語では、動詞の語尾が人称によって変化しているからです。

 例えば、スペイン語で「行く」という動詞は、一人称で使われて「私は行く」ならばvoyと言いますが、二人称ならばvasと活用します。なので、動詞だけ言えば主語が一人称なのか二人称なのか三人称なのかがわかります。このため、主語はあえて言う必要がないのです。

 一方で、英語やフランス語では主語はほぼ省略できません。英語は三人称に-sが付くくらいで、人称に対する動詞の活用形をほぼ失っているため、「語順が命」の言語になっています。よって主語は省略できません。また、フランス語の動詞は人称によって変化するものの、音声としては区別しにくく、やはり主語を省略しない言語になっています。

 省略できるかできないかの違いはありますが、ヨーロッパの言語では、主語が決まらないと述語の形が決まりませんから、セットで文の根幹を形成しており、言語の構造上欠かせない概念となっています。

 一方で、日本語の場合は少々事情が異なります。日本語に主語が表れないのは、スペイン語やイタリア語のように、ただ「省略」しているだけとは言えません。そこには「視点」の問題が関係しています。次の文を見てください。

 鍵を開けて中に入ったが、部屋には誰もいなかった。

 主語は書いてありませんが、「私」です。ごく普通の日本語表現でしょう。この文の視点はどこに置かれているでしょうか。それは、鍵を開けて部屋の中に入った人物です。客観的に言えば、「部屋には誰もいなかった」は間違いです。なぜなら、この文を発話した人物「私」が部屋の中にいるからです。正確を期すならば、「部屋には私以外誰もいなかった」というべきでしょう。
 しかし、そうはなっていません。「私」からは私自身はみえませんから、誰もいないように見えるのです。

 このように、日本語では、ものごとを上から客観的に眺めるのではなく、状況の内側からの視点に同化してしまうのが普通です。ここでは「私」の目線に同化している以上、「私」は見えませんから、言語化されないのです。ただ単に主語が「省略」されているわけではありません。


【日本語の謎を解く】
日本語

橋本陽介著、新潮社、2016年刊

<「BOOK」データベース>より
素朴な疑問に、最新の言語学で答えます。「は」と「が」はどう違うのか。「氷」は「こおり」なのか、なぜ「道路」は「どうろ」なのか。どうして「雰囲気」を「ふいんき」と言ってしまうのか。「うれしいです」と言えても、「うれしいだ」と言えないのはなぜか。「全然、大丈夫」という表現は間違いか。日本語の起源から、音声・語彙・文法・表現まで、73の意外な事実。

<読む前の大使寸評>
日本語とか外国語とかは大使のツボでもあり、外国語のほうはヘタの横好きの感があるわけです。
でも日本語なら、全然、大丈夫でおま♪

rakuten日本語の謎を解く




<『アジア辺境論』4>
図書館で『アジア辺境論』という本を、手にしたのです。
日韓の両政府はともにナショナリズムを煽るので、日韓同盟が成立する気運は見えないのです。で、お二人の対談でバカな政府につける薬を模索しようではないか。


「第2章 ニッチな辺境国家が結ぶ新しいアジア主義の可能性」から韓国での漢字復活を、見てみましょう。
p131~135
<日韓の溝を埋める漢字の復活>
内田:あとこれは韓国の人の前では言いにくいんですけれど、韓国で人文科学が発達することを妨げている理由のひとつに漢字の撤廃があると思うのです。韓国が漢字を禁止にしたのは、もとをただせば日本の植民地支配がいけなかったんです。日本統治時代にハングルを禁止して、強制的に日本語を使わせた。それに対する反発で、戦後に民族固有の言語を前面に押し出して、外来言語である漢字を廃用するという流れが出て来てしまった。

 でも、そういうイデオロギー的な理由で言語政策をいじるのは、本当はしてはいけないことなんです。実際に漢字を禁止したことによって、韓国の人たちは、自国の古典にアクセスする回路を断ち切ってしまった。今の若い人はもう自分の名前くらいしか漢字を読み書きできなくなってしまいました。ということは、50年前に書かれたものがもう読めないということです。

 2012年、最初に韓国に行ったときに、ある大学の先生から「今、大学で一番人気がない学科は韓国文学、韓国語学、韓国史学です」と教えられました。学生たちは、理数系や経済やITといった「実学」系の学科を選好する。そして、アメリカに留学して学位を取って帰って来る。それがキャリア形成上一番有利な選択だから当然なんですけど。

 でも、そういう人たちがいずれ韓国の指導層を形成するわけですけれど、コノディシジョン・メーカーたちは、自国の文学も歴史も知らないし、自国の古典も読めない。そういう人たちが韓国はどういう国であるべきかを決めていくというのは疑問ですよね。

 漢字の廃止はイデオロギー的な理由でしたが、伝統的な人文的教養の喪失はかなりの部分まではグローバル化のせいです。科挙の制度があったぐらいですから、韓国は本来はかなり教養主義的な国だったはずなのです。でも、その伝統が切れかけている。今の若い韓国の人たちは、よほど専門的に勉強しないと、古典にアクセスすることができない。

 でも、古典というのは、国民文化にとっては、汲めども尽きせぬ知的源泉なんですよ。その源泉から汲み出すものによってしか真にその国に固有の文化的創造は生まれない。文学でも、哲学でも、学術でも、そうなのです。漢字を捨てて、誰でもが自国の古典にアクセスできる機会を捨ててしまったのは、韓国社会に大きな禍根を残すことになったと思います。

 日本だと、僕のような素人でも『徒然草』の現代語訳とか頼まれるとできちゃうわけですよね(笑)。古文の文法もよく知らないくせに、2、3冊他の現代語訳を参照して、あとはわからない単語を古語辞典で引くだけで、訳せてしまう。日本だと、「こういうこと」が古典研究の専門家でなくても、誰でもできる。古語辞典1冊あれば、『方丈記』でも『平家物語』でも『伊勢物語』でも、とりあえずそこそこ読めてしまう。でも、そういう古典へのアクセスが確保されている国は、東アジアでは日本くらいかもしれないと思うのです。

姜:いや古語辞典だけじゃなく、日本にはあらゆる辞典がありますからね。百科事典を自前で作れる国というのは限られています。世界の辞書も多く翻訳されていますからね。多分世界中であらゆる翻訳物がそろっているのは日本語くらいだと、昔、柳父章という翻訳語研究者が述べていましたよ。日本語を勉強すれば、おそらく20世紀の世界の学問が一望できる。

内田:外来のものをせっせと取り込むのは辺境民の得意技なんですよ。中央では「中原に鹿を逐う」権力抗争のせいで、しばしばそれまで貯蔵したものが灰塵に帰してしまう。でも、辺境までわざわざアーカイブを破壊しにやってくる人はいませんからね。だから、辺境に古いものがたまってゆく。仏典でも、世界で日本にしか残っていないものというのがいくつもあるらしいですから。

姜:考えてみると、思想にしても、哲学にしても、世界のあらゆるジャンルのものが読めるし、勉強できるわけですものね。

内田:そうですね。やっぱりこれは漢字の造語能力のおかげだと思いますよ。長いヨーロッパの単語をどんなものでも漢字ニ語に翻訳できるんですから。漢字は表意文字で、脳内では図像処理される情報ですから、ちらっと見ただけで、何となく意味がわかってしまう。これって、かなりすごいことですよ。

姜:近代語を訳すときにはやっぱり漢字の力を借りて、そういうものがまた中国や韓国に輸出されているでしょう。

内田:そうなんですよね。

姜:でもね、韓国は今やっと漢字の必要性に気付いて、力を入れ始めているようです。ここ10年ぐらいかな、就職試験に漢字検定が採用されるようになって、漢字塾に通う子どもも増えているようですよ。

内田:そうですか、漢字復活の動きがあるんですか。それはいいですね。僕が向こうに行って会う人たちの多くは漢字復活論者なんでっす。漢字があるといいよねと、いつも話しているんですが。

姜:金大中政権のとき、ワールドカップ開催時に漢字復活論が出て来たんですね。いろいろあっても、今は中国からのお客さんも多いですから、漢字復活もかなり進んで、地域レベルで漢字を推進する動きも出て来ているようです。1987年に民主化されて、30年かかって今に至るわけで、日韓の間にいろんなギャップがあるにせよ、このギャップは必ずしも埋められないわけではないと僕は思いますね。


【アジア辺境論】
辺境

内田樹×姜尚中著、集英社、2017年刊

<「BOOK」データベース>より
アメリカ、欧州で排外的な政治勢力が台頭する中、ロシア、中国の影響力が日増しに拡大している。米ソ対立の冷戦終結から四半世紀経ち、世界各地に複数の覇権の競合関係が生まれている。はたして、その狭間で日本が生き残るためには何が必要なのか?その鍵は日・台・韓の連帯にあり。アメリカとの一方的な従属関係を見直し、中国、ロシアなど、スーパーパワー間にある中小民主主義国家同士の協力関係の構築はいかにして可能か。世界史レベルの地殻変動と戦後の平和国家的な国のあり方を蹂躙する近年の日本の政策を目の前に、リベラルの重鎮ふたりがその理路を提示する。

<読む前の大使寸評>
日韓の両政府はともにナショナリズムを煽るので、日韓同盟が成立する気運は見えないのです。で、お二人の対談でバカな政府につける薬を模索しようではないか。

<図書館予約:(9/20予約、12/26受取)>

rakutenアジア辺境論


『アジア辺境論』1:独裁者
『アジア辺境論』2:トランプのアメリカ
『アジア辺境論』3:東アジアの辺境国家




<『「身体」を忘れた日本人』3>
図書館で『「身体」を忘れた日本人』という本を、手にしたのです。
おお 養老孟司さんとC.W.ニコルさんの対談ではないか・・・
哲学的やないか♪


言語学的なお話の続きを、見てみましょう。
(聞き手の青山聖子さんをQと表記)
p158~162
<主語の有無は文化の違い> 
Q:日本語は気持ちを表すのに適していて、英語のほうはものを表すのに適しているというお話がありましたが、その違いが自然観にも影響しているところってありますか?

養老:もちろん、ありますよ。解剖とか虫の分類のときには、日本語だと、やっぱり借り物の言葉を使わざるを得ないんですよ。

Q:英単語の翻訳を使うということですか?

養老:要するに、難しい漢字を多用せざるを得ないでしょう。解剖なんて、普通には使わない言葉をつくって使いますからね。英語もそういうところは学術語を使いますけど、やっぱり学術語はもともとラテン語で、フランス語もだいぶ入っているから、英語を話す人にとっては、親しみが相当強いと思うんです。

 日本語は、ものを表すときに、ある種の縛りがかかってないんだと思いますね。形式がないというか。だから本の批評をするときに、本当にクリティカルな、つまり中立的で客観的な批評ができなくて、情動的な感想文になっちゃう。小説、文学などの評論が典型ですけど。

 僕が書いているものはかなり例外的じゃないかと思う。『バカの壁』みたいなものを書いているときでも、日本語的に書いていない。それは、解剖とか昆虫などでニュートラルに書くことを訓練されたからです。どちらも人間世界があまり関係ないので、それをどういうふうに人間世界と論理的に関係づけるかということですから、情緒的じゃない。

ニコル:英語では天気が悪くなりそうなとき、出かける人に、“You'd better take an umbrella, it's raining”と言いますけど、大体、日本語は逆ですね。「雨が降りそうだから、傘を持ったほうがいい」と言う。英語では“Because it's raining,you'd better take an umbrella.”とは言わないです。それに日本語ではyouが入っていないですね。

養老:僕は、英語に主語が入ったのは、近代化だと思うんです。ラテン語は動詞の人称変化がきちんとしているので、主語はいりません。だから、「我思う、故に我あり」の「我思う」は、“Cogito(コギト)”の一言。それが、フランス語になると、“Je pense”で、主語の“Je”が入ってくる。だから、古代ローマまで、いや、ひょっとすると中世ぐらいまでは、西洋語でも主語はいらなかったんです。

 カナダのモントリオール大学で日本語学科の教授をやっておられた金谷武洋さんが「いまは、主語がないと文章にならない言語は世界に7つぐらいしかない」と言っていました。欧米の言語は、ルネサンス以降に「個人」という概念が出来上がってくる過程で主語が強く入ってきた。同時に、英語では、動詞の人称変化が簡単になった。フランス語とかラテン系の言葉は、いまでも動詞の人称変化が全部ありますから、人称代名詞の主語がいらないはずなんですけど、たぶん、どうしても人称主語を入れたいんでしょうね。

 主語のあるなしは、文化的に一番大きな違いじゃないかと思います。この間、テレビで見た場面ですけど、3、4歳のアメリカ人の子どもに、木でできた子ども用の車をあげて、そのとき、周りの大人が「この車の色を決めるのはあなただよ」って言うんです。つまり、主語の存在は、ある状況で何かを選択する主体がいるということを暗黙に言っているんですよ。

 欧米人が「コーヒーにしますか? 紅茶にしますか?」と聞くのも、どちらが好きかということではなく、それを選ぶ主体、つまり、「あなた」がいまそこに存在しているっていうことを暗黙に指摘しているんだと思います。そういう主体を、ある意味で押しつけていく近代文化が、主語を必用とする言語をつくったんでしょう。

Q:言葉が違うと、考え方も変わりますよね。ニコルさんは、日本語で考えているときと英語で考えているときで、考え方が変わりますか?

ニコル:心の中は変わらないですけど、本当の気持ちを言おうとすると、英語のほうが大げさになると感じますね。これは年をとったから言えることですけど。
 でも、僕はもう「日本のじいちゃん」ですから、言葉は関係ない。

養老:よく辛抱するしね。


【「身体」を忘れた日本人】
身体

養老孟司, C.W.ニコル著、山と渓谷社、2015年刊

<「BOOK」データベース>より
豊かな自然と付き合う中で、身体を使って暮らしてきたはずの日本人。解剖学者・養老孟司とナチュラリストのC.W.ニコルが、現代人の自然欠乏による「身体感覚の衰え」を語る。

<読む前の大使寸評>
おお 養老孟司さんとC.W.ニコルさんの対談ではないか・・・
哲学的やないか♪

rakuten「身体」を忘れた日本人


『「身体」を忘れた日本人』1:五感のことを語っている
『「身体」を忘れた日本人』2:ウェールズ語や日本語が語られている




<多言語のスイス>
池澤夏樹著『セーヌの川辺』という本で、多言語のスイスが語られているので、見てみましょう。
p33~36
<クリスマス、EUと多言語社会、コープランド、ブルギニヨン> 
 言葉の違う人々が一つの国を形成して、その状態が何百年も安定している。どうしてそんなことが可能なのかと考え込むのは、ぼくが日本人であるからかもしれない。日本という国は言語の面において格別に統一性が高い。日本語以外の言語がほとんど使われていない。それが国家意識の中心にあるから、スイスのような多言語の国の形が理解しにくい。

 どうしてスイスはこういうことになったのだろう。まず考えられるのは、地理的な条件が国の形態を決めたということ。ともかく山である。フランスから東に行っても、ドイツから南に、オーストリアから西に、イタリアから北に行っても、山を登ったところがスイスだ。どこの領土にもならずに残された地に山に登って辿り着いた人々が、背後に残してきた言語圏の言葉を保ったまま国家を形成した。

 彼らは互いの出自が異なることを決して忘れず、しかし一国でまとまることの利もよく承知していて、あのような国を作った。一人の王の下に結束はしない。一つの言語に統一もしない。カントンは地方自治体ではなく準主権国家であり、その連邦がスイスという国なのだ。直接民主主義も民兵的な国民皆兵もこの国家形態に沿って作られた制度であるのだろう。利の方は世界第5位の国民所得がよく証明している。

 ヨーロッパに住んでいるとたくさんの言語にさらされる。
 テレビを買えばマニュアルは数ヶ国語で書いてあるし、長距離列車の中のアナウンスも、フランス語とドイツ語と英語が次々に聞こえる。看板など仏・英・独・伊・西あたりは見ればわかる、と思うけれど、スペイン語とポルトガル語の違いはむずかしい。

 耳で聞く場合はいよいよわからない。時々頼むタクシーの運転手が携帯電話で友人と喋っていた。終ってから「スペイン語?」と聞いたら「ポルトガル語」という答えが返ってきた。ぼくのフランス語の教師も父母が共にイベリア半島の出身で、自分はフランス生まれ。語学が好きでよく勉強したからラテン系の言葉はたいていわかると言っていた(その代わりなのか、何か別に理由があるのか、英語は一切話さない)。

 こういう環境で、自分の母語以外にも世界にはたくさんの言葉があることを生活の中でいやでも知らされる。それだけで外語が身につくわけではないが、なにかと耳や目にしていればそれを学ぼうという促しにはなる。フランス人のほぼ半分はフランス語しか使わないが、40%は英語を、16%はスペイン語を、8.5%はドイツ語を、6%はイタリア語を理解できるという。

 こんなこっとが可能な理由の一つに、言語どおしが近縁で、さほど努力を要さずとも習得できるということが挙げられるだろう。少なくともラテン系の言葉の間ではまちがいなくそう言えるし、オランダ語とドイツ語も方言を介すれば連続的につながっているらしい。ラテン系とゲルマン系の間にはある程度の違いがあるけれど、文法や発音はともかく語彙はヨーロッパ全体で共通するものが多い。生活語は違っても抽象語は少し綴りが違うだけで実際には同じ。

 先にぼくは外語というあまり使われない言葉を敢えて使った。日本の辞書では外語とは「外国の言葉。外国語」ということになっている。しかしここまでの話でわかるとおり、この定義は正確ではない。つまり、言語を論じる時に国を介在させると現実に即さなくなる場合が多いのだ。

 スイス人にとって母国語とは何か? 憲法で認められた先の四つの言葉すべてを指すのか? 大事なのは人生の最初に習得し、日常最も多く使っている言葉、すなわち母語である。同じようにして、母語でない言葉もまた外の国の言葉とは限らない。
 こう考えてくると、非母語、二次的に習得しなければならない言葉、は自国の言葉であっても外国語ではないわけだから外語と呼ぶべきではないかと思うのだ。

 すべては一国に一言語という日本特有の事情から生まれた誤解なのだろう。日本語は孤立性が高い。似たような言葉が近隣のどこにもない。だから、日本人にとっては母国語と外国語の間の溝がとても広くて深く、他の言語はすべて遠いものに思われる。その結果、母語と母国語は重なっている。地理的に島国である以上に日本は言語的に島国である。

 ヨーロッパで日本文化について話す時、ぼくは、日本語と中国語はフランス語とアラビア語くらい離れているという説明から始めることにいている。

ウン スイスという国は、日本とは対極にあることがよく分かりました。


【セーヌの川辺】
セーヌ

池澤夏樹著、集英社、2013年刊

<「BOOK」データベース>より
フランス・パリ郊外に位置するフォンテーヌブローに移り住んで一年。著者はエッフェル塔と東京タワーを比較しながら理想の国家のあり方を模索。電力の75%を原子力に頼るフランスでエネルギー問題を考え、サッカーW杯で起こったジダンの頭突きからナショナリズムに思いを巡らす。海外に暮らし、相対的な視点で捉えることで浮かび上がってくる日本のかたちを鮮やかに綴るエッセイ集。

<読む前の大使寸評>
目次を見ると、全篇に亘ってヨーロッパや多言語のエッセイである。ちょっと気が重くなるが・・・読んでみるか。
なお、借りたのは、2008年刊のハードカバーでした。

rakutenセーヌの川辺




<『メッセージ』を公開初日に観た>
昨日は『メッセージ』を観てきたが、公開初日に劇場で観たといえば…
2013年9月20日鑑賞の『エリジウム』以来のことで、大使の入れ込み具合もわかるので、おま♪

ある日、エイリアンの宇宙船が、忽然として世界各地に12隻(北海道に1隻)も現れたのです。
地球に来た目的が分からない状況が続いたので、疑心暗鬼に駆られ、商品買い溜めや強奪が起きたり、株価も暴落し・・・
言語学者のヒロインが(軍の指揮下ではあるが)エイリアンとの意思疎通を図る作戦の最前線に立つわけです。

エイリアンが駆使する表意文字を解明し会話を試みるという、ガチの言語学のお話にもなっていて・・・大使としては興味深い作品でした。

文字表意文字

ところで…
この映画に、宇宙戦争能力を過信するアホな人民解放軍の将軍が出てくるのです。
彼の慢心によって、あわやエイリアンと開戦寸前の危機一髪の状況に陥るが・・・・
ヒロインが、そのアホを電話で説得して、事なきを得るわけでした。

映画制作陣の人民解放軍に対する冷めた目線が感じられるが・・・・
(映画評としては瑣末なことかもしれないが)このあたりも大使は高く評価するわけです。


【メッセージ】
メッセージ

ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督、2016年、米制作

<Movie Walker作品情報>より
SFファンから絶大な支持を受けるテッド・チャンの短編小説を映画化し、第89回アカデミー賞で8部門にノミネートされ、音響編集賞に輝いたSFドラマ。突然、地球に襲来した異星人との交流を通して言語学者が娘の喪失から立ち直っていく姿が描かれる。主人公の言語学者をアカデミー賞では常連の演技派エイミー・アダムスが演じる。

<観るまえの大使寸評>
言語学とSF映画という大使のツボが二つかぶると・・・期待はいや増すのでおます♪

Movie Walkerメッセージ




<英語教育で先行する韓国では>
英語教育で先行する韓国では、韓国語に支障が出てきたそうです。
・・・もって、「他山の石」とすべきなんでしょうね。


2017-05-07英語の早期教育で韓国語に支障、巻き舌・語順矯正する子ども教室盛んより
(以降、全文はここ





<上橋さんの英語習得エピソード>
上橋さんの英語習得エピソードを、見てみましょう。
英語が苦手といいながら・・・かなりの熟練者でんがな♪

p58~61
<パフよ、ふり向いて>
(以降、全文はここ





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