『苦節十年記/旅籠の思い出』3

<『苦節十年記/旅籠の思い出』3>
図書館で『苦節十年記/旅籠の思い出』という文庫本を、手にしたのです。
ぱらぱらとめくると、旅籠の写真やら、各地の鄙びた温泉のイラストやら、苦労ばなしのエッセイやら・・・サービス満点のつくりになっています。



【苦節十年記/旅籠の思い出】


つげ義春著、筑摩書房、2009年刊

<「BOOK」データベース>より
つげ義春が、エッセイとイラストで描く、もう一つの世界。旅籠、街道、湯治場の風景や旅先で出会った人。貧乏旅行の顛末を綴った文章、自らの少年時代などを記した自伝的エッセイなどをセレクトした。つげ的世界の極致ともいうべき「夢日記」は、絵と文章のコラボレーション。さらにカラーイラストも付いた、ファン必携の1冊。

<読む前の大使寸評>
ぱらぱらとめくると、旅籠の写真やら、各地の鄙びた温泉のイラストやら、苦労ばなしのエッセイやら・・・サービス満点のつくりになっています。

amazon苦節十年記/旅籠の思い出


手塚治虫氏宅訪問などを、見てみましょう。
p235~237
<苦節十年記>
 この当時、マンガを志望するマンガ少年たちは、その登竜門といわれる雑誌『漫画少年』に投稿するのが慣例になっていた。石森章太郎、松本零士、藤子不二夫あたりは投稿の常連で、赤塚不二夫の名前も私はそこで知って後日彼と何度か会ったりした。

 投稿作品が掲載されると記念品が貰えたが、原稿料でなく記念品では不満で、単なる遊びのように思えて、打算的な私は一度も投稿したことがなかった。私も2歳上の兄も小学を出ると働きに出て、一家7人の生活を2人で支え、そういう現実があって、金にならぬ投稿遊びなどをする気になれなかった。

 いきなり『痛快ブック』へ四コマを3点ほど送ってみたが、それは遊びではなく売り込みだった。幸い1点だけ採用されて、300円の原稿料が郵送されてきたが、それも生活費の一部になった。

 ところで、その古い手紙の束に意外な所からの封書が一通混ざってあった。日本郵船株式会社からのもので消印は28年4月18日になっている。

 拝復
 今般海員御希望の貴簡拝誦いたしました。現在当社は海員の欠員なく新規採用をいたして居りません。仮令欠員が生じた場合でも一般よりは採用せず、各地にあります官立海員学校(旧養成所)卒業者を優先的に採用する当社の計画でありますので、今回の貴殿の切なる御希望に応じられませんことを御許し下さい。
 右甚だ簡単ではありますが御返信まで。

 私は小学5、6年の頃から船員になることを志望していて、密航を二回謀っている。当然のことながら密航では船員になれないことを知って、日本郵船へ履歴書を送ったのだと思う。しかしその履歴書も一緒に返送されてきた。日本郵船といえば大会社、何のツテもない15、6歳の子供を採用するはずがない。世間知らずの私はどんな手紙を書いたのか覚えていないが、今その安物の便箋に書いた履歴書の筆跡を見ると、いかにも無学無知を露呈していて、自分のことながら胸が痛む。

 そして、生年月日を昭和11年にして1歳ごまかしている。学歴、職歴も1年ずつずらし、小卒なのに中卒にしてある。職歴は町工場を転々と変えていたのを一つに整理している。こんな小細工はすぐバレるはずなのに、無知なりにチエを絞ったのだろう。

 この不採用の通知によって、私は船員を断念したようで、急にマンガへ方向転換したのではないかと思える。記憶があいまいだが、手塚治虫をトキワ荘に訪ねたのはこの時分だったような気がする。手塚は上京して間がなかった頃ではないかと思う。トキワ荘の住人といわれるマンガ家諸氏は、まだ住んではいなかった。

 私は兄と二人で出かけ、トキワ荘の外に兄を待たせ一人で手塚の部屋を訪ねた。ノックして「ファンです」と云うと、「ちょっと待って下さいね」と声がして、何か慌ててかたづけている気配がした。3、4分だったろうか、ずいぶん長く待たされたような気がして、部屋に通されると、昼どきで食事をいていたような匂いがこもっていた。四畳半か六畳ひと間のありふれた部屋で、窓辺に座机が据えられ、家具らしきものはあまりなかった。人気マンガ家の部屋にしては粗末に見えた。どんな話をしたのか覚えていないが、新人マンガ家の原稿料を訊いたのは忘れていない。それが私は最も気になるところだった。

 それともう一つ、ペンで書き損じたところを白のポスターカラーで塗りつぶすことを訊いた。手塚はマンガの描きかたを「漫画大学」という作品でくわしく描いている。そこに描き損じは「ホワイトのポスターカラーで修正する」と教えている。それは私も読んではいたけれど「修正」という言葉の意味が解らなかった。私同様無学な母や兄に訊いても解らなかった。


この本もつげ義春ワールドR7に収めておきます。

『苦節十年記/旅籠の思い出』2:東北の温泉めぐり
『苦節十年記/旅籠の思い出』1:白土三平や長井社長、水木しげるたちとの交流

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