『変調「日本の古典」講義』1

<『変調「日本の古典」講義』1>
図書館に借出し予約していた『変調「日本の古典」講義』という本を、約2週間待ってゲットしたのです。
タイトルが難しそうな本は、早期ゲットには狙い目でんな♪


【変調「日本の古典」講義】


内田樹, 安田登著、祥伝社、2017年刊

<「BOOK」データベース>より
思想家・内田樹と能楽師・安田登。異才の二人が語り尽くす。日本文化の奥の底のさらに奥へ!能、論語、古事記…あまりに濃厚な対談講義。

<読む前の大使寸評>
古典と名がつけば図書館予約は少ないだろうという読みはバッチリ(予約4)でした。
果して、論語、古事記はどう語られるのか?・・・期待できそうでおます。
この本を約2週間待ってゲットしたのだが、タイトルが難しそうな本は、早期ゲットには狙い目でんな♪

<図書館予約:5/13予約、6/30受取>

rakuten変調「日本の古典」講義



海民と山民の戦いが語られているので、見てみましょう。
p28~32
■見えないものが見えた那須与一 
安田:二荒といえば、源平の「屋島の戦い」で扇を前にした那須与一が祈りますでしょう。「南無八幡大菩薩、わが国の神明、日光権現、宇都宮、那須湯泉大明神、願はくはあの扇の真ん中射させてたばせ給へ。これを射損ずるものならば、弓切り折り自害して、人に二度面を向かふべからず。今一度本国へむかへんと思し召さば、この矢外させ給ふな」と、南無八幡大菩薩、那須の湯泉大明神、それと日光(二荒)と宇都宮に祈る。宇都宮も実は二荒です。これは観音の聖地であるとともに、神様、オオムナチ、大国主でもある。この話、怪しいでしょう。

内田:怪しいですね~。大国主命は出雲から流れ、ついには宇都宮まで来ているんですか。

安田:そうです。出雲から東北にまで流れ来たのですね。

内田:実際に古代には、それに類する民族大移動があったということなんでしょうか。

安田:たぶんそうですね。これは殺生石伝説の地でもある。
内田:殺生石は那須ですね。もしかすると、それは「禁域」という象徴的な意味でもあったんじゃないですか。あそこには得体の知れない異族がいるから近づかないほうがいいぞ、という警告として。那須与一がその出身だったとすると、彼は出雲族の末裔だということになりますね。

安田:そうでしょうね。那須与一の像がある那須の湯泉神社の額の字は、出雲大社の宮司さんによる揮毫ですしね。

 扇の的を射落とす場面のイメージですが、軍船に掲げられた扇を夕日が照らしているような、そんな気がしますが、しかしあの場面は『平家物語』では「今日は日暮れぬ」となっています。すでに日も暮れているんですよ。実際にその時刻に行ってみると、もちろん夕日はあるのですけれども、かなり薄暗い。那須与一は、見えるものを見る目ではなく、見えないものを見る目を持った人だったのではないでしょうか。そう考えると、ポタラとの繋がりが見えてきませんか?

■海民と山民の戦い
内田:これは僕のデタラメ仮説なんですえれど、源平の戦いというのは、海民と山民の間のヘゲモニー闘争ではないかと僕は考えているんです。古代の日本には「海部」という操船技術に長けた職能民集団と、「飼部」という野生獣の制御技術に長けた職能民集団がいた。海部は風と水のエネルギーを御する技術、飼部は野生獣のエネルギーを御する技術、いずれも自然の持つ巨大なエネルギーを制御して、人間にとって有用なものに変換する技術を固有のものとして伝えており、それぞれの異能を以って天皇に仕えていた。

 その末裔が平氏と源氏だというのが僕の暴走的思弁なんです。たしかに平氏は海民の間に勢力を伸ばし、伊勢の海上運送で基盤を作りました。平氏の知行地は山陽も南海もほぼすべて海沿いですし、清盛は今の神戸港にあたる大輪田泊の改修を行なって、日宋貿易の拠点を構築しました。それに、日宋貿易は清盛の父、忠盛の代から進められてきたいわば「家業」です。

 福原遷都は清盛の一大事業でしたが、宮中にはほとんど理解者がいなかった。『方丈記』に遷都をめぐる大騒ぎについて記述がありますけれど、「ふるさとは既にあれて、新都はいまだならず」という慨嘆から知られるように、どうして遷都するのか、世の人々にはその意味がまったく分かっていなかった。

 これは清盛が構想した「海洋国家」建設プロジェクトの第一歩でした。清盛はここを拠点として、東シナ海、南シナ海にまで広がる巨大な海上帝国の建設を夢見たのです。でも、海民固有のこの勇壮な夢は同時代に理解者を得ることがありませんでした。それはその数世紀後にやはり海上帝国建設を夢見た豊臣秀吉の場合も、そのさらに数世紀後に同じ大輪田泊に海軍操練所を建設した勝海舟の場合も、あまりにスケールの大きな海民的アイデアは人の容れるところとならないみたいです。

 清盛のこの海上帝国構想に正面から対抗したのが、源氏です。源氏は坂東武者、騎馬民族です。『平家物語』には、義経が鵯越を騎馬で下る話や、木曾義仲が倶利伽羅峠で角に松明をつけた牛の大群を平家の陣に放つ話や、宇治川の先陣争いの話など、源氏の武者たちが野生獣を操作する技術において卓越していたことを語るエピソードがいくつもあります。

 風と水のエネルギーを制御する部族と、野生獣のエネルギーを制御する部族が、どちらがより巨大なエネルギーを駆使しうるか、どちらが政治の実権を握るか、どちらが国の未来のかたちを決定するか、それを命がけで争ったのが源平合戦だったというのが僕の妄想的仮説なんです。どちらにしても、源平いずれも都の殿上人からは彼らの理解を絶した野生の人、異族の類と見えたはずですけど。


ウン 内田先生のデタラメ仮説というか、史観というか、逞しい想像力がいいではないですか。

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