『翻訳出版編集後記』2

<『翻訳出版編集後記』2>
図書館に予約していた『翻訳出版編集後記』という本を、待つこと4日でゲットしたのです。
先日、工藤幸雄著『ぼくの翻訳人生』という本を読んで以来、ちょっとした翻訳出版ミニブームとなっているのです。


【翻訳出版編集後記】


常盤新平著、幻戯書房、2016年刊

<「BOOK」データベース>より
早川書房における十年間の編集者生活。英米のエンターテインメント小説やノンフィクションを刊行し、出版界に新たな道を拓いた著者が、自らの体験を基に翻訳出版のあり方を問う、傑作回想記、新発掘!

<読む前の大使寸評>
先日、工藤幸雄著『ぼくの翻訳人生』という本を読んで以来、ちょっとした翻訳出版ミニブームとなっているのです。

<図書館予約:5/21予約、5/25受取>

rakuten翻訳出版編集後記


翻訳の同時性が語られているので、見てみましょう。
p275~277
■重要視される同時性
 きみの翻訳は語学的に正しいかどうかわからないが、と私はある人に言われた。いちおう、拙訳をほめてくださった上で、その人はそう言ったのである。きみの翻訳は官僚的でないところがいい、いまは官僚的な翻訳がはびこっているからね、とその人は言った。

 官僚的な翻訳とはどういうことか。私なりに解釈すれば、通りいっぺんの翻訳ということになるだろうか。そういう翻訳がまかり通っている。技術だけの翻訳と私がさきに申し上げたのは、そのことである。そういう翻訳はいくらでも例をあげることができる。拙訳のなかにも、そういうものがあるかもしれない。

 翻訳の問題は奥が深いと思う。何がいい訳で、何が悪いかは、人によってちがう。私がいい訳と主張しても、これに反対する人もいるだろう。しかし、万人が認める名訳もあるはずだ。たとえば、アーサー・ヘイリーなら永井淳、シムノンなら矢野浩三郎、チャンドラーなら清水俊二、アイリッシュなら稲葉明雄というように。

 ただ、この十年のあいだに、翻訳そのものも変わった。あるアンソロジーを編んだとき、ある若い翻訳者がGood morning をそのまま、「グッド・モーニング」と訳してきて、びっくりしたことがある。私なら、そしてほかの訳者も「お早う」と訳すところであった。

 しかし、いまなら「グッド・モーニング」とやっても、そうおかしくないのではないか。そうするほうが、若い読者に自然に受け取られるかもしれない。もっとも、私はとてもそうは書けないだろう。

 翻訳出版はこれからも盛んになる一方である。そう断言してもいい。十年前だったら、翻訳不可能だったものが、いまは可能だという本もあるし、アメリカ文化を吸収する日本語そのものの許容度が驚くほど大きくなってなっていると思う。
「ニューヨーク・タイムズ」紙に、私のごひいきの記者がいる。彼の書くエッセーがこんど1冊にまとまったが、これは十年前二十年前だったら、翻訳するのが無理だったはずである。まず彼の書いているニューヨーク市民の日常生活が、私たちの生活とあまりにへだたっていた。それから、日常生活に登場する「もの」や「事実」を調べるのがたいへんだった。

 現在は、その「タイムズ」記者の書くエッセーのなかの日常生活は、私たちの生活に似ている。また、その日常生活にもりこまれた「もの」や「事実」はある程度調べがつくのである。
 アメリカの作家やジャーナリストが日本人のために書いてくれているようなものが増えている。とくに、ユダヤ系の作家やジャーナリスト作品が私たちに訴えかけているように思う。

 そして、翻訳出版では、同時性ということがいっそう重要視されるようになってきたと思う。アメリカとの同時出版、イギリスとの同時出版、そうすると、どうしても官僚的翻訳も必要になってくる。

 これは決して必要悪ではない。同時性が問題になるのは、情報的な本なのだから。


『翻訳出版編集後記』1

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