『大江戸美味草紙』1

<『大江戸美味草紙』1>
図書館で『大江戸美味草紙』という文庫本を、手にしたのです。
ぱらぱらとめくると、日向子さんのマンガと古川柳をまぶして、良き時代の四季を描いているようです。
日向子さんのほんわりしたテイストがええでぇ♪



【大江戸美味草紙】
大江戸

杉浦日向子著、新潮社、2001年刊

<「BOOK」データベース>より
たいがいにしろと数の子引たくりこれ、「黄色いダイヤ」を奪い合ってる図、ではありません。そのココロ=お江戸の「いろは」を知りたくば、本書を開いてみてください。たとえば、初鰹のイキな食し方とか、江戸前ファーストフード、寿司・そば・天ぷらの始まりなどなど、思わずよだれが出ちゃいそうなオイシイ話がたくさん。一読“目ウロコ”、これであなたも「江戸通」まちがいなし。

<読む前の大使寸評>
ぱらぱらとめくると、日向子さんのマンガと古川柳をまぶして、良き時代の四季を描いているようです。
日向子さんのほんわりしたテイストがええでぇ♪

rakuten大江戸美味草紙


この時期の「浅き春」あたりを、見てみましょう。
p20~26
<まだ浅き春かな> 
 おそろしきものの喰いたき雪の空

 「あつささむさも彼岸まで」という。春分をすぎれば、どこもかしこも水ぬるみ、春めいてくる。ところが、江戸では、その前後、花は桜と競うがごとく、戻り冬のドカ雪が降ることが、ままある。現在でも、なじみの景物で、丸の内のビジネスマンやOLが、すってんころりんする映像が、時事ニュースのおいしいオカズとなる。

 もとより暖地の、しかも春先の雪だから、暗さ辛さはみじんもなく、すべってころんだところで、「いやサ。雪化粧たァ、オツだなあ」てなもんである。

 そしてそれは、春霞のやわらかな水気をたっぷり含んで、泡立てメレンゲみたく、ふわふわに膨れた雪だ。見るからに愛嬌があり、ぽってりした、あどけない少女が、はじめて白粉を塗ったように、あやうくお、妙な艶っぽさがある。称して「ぼたん雪」という。

 ぼたんの花びらが、はらはら散るさまに似るからであろう。いとむべなるかな。かほど、はかなくもたおやかな雪で、翌朝、いつもの春の陽が射せば、しどけなく黒い地面にまじわり、やわらかな泥になる。

 そんな雪もよいの、江戸の空の下。ひまもてあました野郎一匹、さむくさみしい夜、食いたくなるものといえば、「ぼたん」こと猪鍋にちがいあるめえ、とはご明察。ほんとうは、こちのほうが温まるかもしれない。おしい。だが、ちとちがう。

 死なぬかと雪の夕べにさげて行き

 雪の夕まぐれ、退屈な野郎が、冬眠野朗の穴ぐらを、どんどんたたいて、まきぞえにする。その手にさげている、えものは「ふぐ」である。
 ふぐ。春の雪をそのままにうつして、ほんのり淡く透きとおる麗しの身よ。
(中略)

 耳の奥に「しーん」という無音がしみいる雪の夕べ。約束のない、しずかなたそがれどきに、それはやってくる。おもむろに、あばら家の腰高障子戸をたたくのは、朋友面した死神だ。ぐいとさしあげた片腕に、いましがた河岸から仕入れた、丸々太ったとらふぐか。江戸に雪が降る時分には、ふぐもぼちぼち終盤。値も手頃になる。単身者のきままな食卓にものぼろうって頃あいだ。それを、素人包丁が、さばいて、鍋にし、いざさらば、共につつこうてんだから、けんのんけんのん、くわばらくわばら、なむなむ。ことわれもせず、さりとて生きたここちもせず。


この本も杉浦日向子アンソロジー』に収めておくものとします。

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