『九十歳。何がめでたい』

<『九十歳。何がめでたい』>
図書館に予約していた『九十歳。何がめでたい』という本を、待つこと11ヶ月でようやくゲットできました♪ 
この手の売れ筋の本は購入すべきだったのかも?


【九十歳。何がめでたい 】
佐藤

佐藤愛子著、小学館、2016年刊

<「BOOK」データベース>より
御年92歳、もはや満身創痍。ヘトヘトでしぼり出した怒りの書。全28編。
【目次】
こみ上げる憤怒の孤独/来るか?日本人総アホ時代/老いの夢/人生相談回答者失格/二つの誕生日/ソバプンの話/我ながら不気味な話/過ぎたるは及ばざるが如し/子供のキモチは/心配性の述懐〔ほか〕

<読む前の大使寸評>
図書館に予約して、待つこと11ヶ月でようやくゲットできました♪ 
この手の売れ筋の本は購入すべきだったのかも?

<図書館予約:(12/14予約、11/07受取)>

rakuten九十歳。何がめでたい


冒頭のエッセイを、見てみましょう。
p8~13
<こみ上げる憤怒の孤独>
「長生きするって、たいへんなのねえ…」
 私の娘はこの頃、しみじみ、つくづくという感じでいう。私の日々のありよう、次々に起こる故障を見ていうのである。

 娘は昭和35年の3月生まれだが、今年何歳になるのか、50を幾つか越えていることくらいはわかっているが、正確な年齢はわからない。数えるのも面倒だ。自分の年でさえ91なのか2なのかわからないのだから、人の年なんてわかりっこない。年なんてもはやたいした問題ではない、と思うようになっている。

 昔の年の数え方はシンプルでよかった。正月が来れば、一つ、年を加えさえすればいというその大雑把な数え方が気に入っていた。例えば12月20日生れの赤ちゃんは、12日後のお正月には2歳である。今は12月20日生れの赤ちゃんの元日の年齢は「生後12日」といわねばならない。すべてに大雑把な昭和を生きた者には、面倒くさいことこの上ない。

「佐藤さん、お幾つになられました?」
 と訊かれて答えようとすると、
「えーと…90歳と5ヶ月…? いや6ヶ月かしら…つまり11月生まれだから、11、12、1、2、3…ところで今は何月?」

 とボケかけている脳ミソを絞らなければならない。これからお嫁に行くとか、子供を産む人には年は大切かも知れないが、今となっては91でも2でも3でも、どうだっていいよ!と妙なところでヤケクソ気味になるのである。

 なぜか私は声が大きい。その上よくしゃべる。そのため他人は私を元気なばあさんだと思いこむ。90を過ぎて何が困るといって、これが一番困るのだ。仕事(つまり原稿とか講演、インタビューなど)を依頼されても、もうそんな余力はない。散々、働いてきたのだ、身体の方々にガタがきているんっです、というのだが、なかなか信じてもらえない。

 というのも声が大きいためであることに気がついて、なるべく弱々しく応答することにしたのだが、それでもしつこくいい募る人がいて、ああいえばこう、こういえばああ、と攻防戦をくりひろげっるうちに、だんだん地声が出てきて、ついには凛々たる大声になり、
「お元気じゃないですか!普通の方より声に力があります」

 いわれてあっと気がつく。慌てて小声にしても時すでに遅し。
「声の大きいのが、これが病気」
 そう繕っても信じてもらええないのである。

 正直なところ、現在の私は1年前、いや半年前、3ヶ月前と較べて、めっきり弱っている。私の家から地下鉄の駅まで約15分、タッタッタッと歩いていたのが、気がつくと半分もいかないうちに脚がどよーンと重くなり、かつてのピョンピョン兎がノロノロ亀さんになっている。

 足が上がっていないものだから、やたらにつまづく。つまづいても立て直しが利かず、思いもよらぬ方向にヨロヨロヨロとつんのめって止まらない。後ろから来ていた自転車のおばちゃんから、聞こえよがしの舌打ちを浴びせられるという情けなさ。

 …昔の自転車はチリンチリンとベルを鳴らしたものだけどねえ、とひとりでぼやく。あの頃はチリンチリンが鳴らなくても、自転車が近づいてくると、ガタン、ガタン、ガタ、ガタ、とか、シューンシューというような古タイヤの音、ギーコ、ギーコ、キイ、と、どこやらが傷んでいるらしい音などが聞こえてきて、ふり返らずとも自然に身体が脇へ寄ったものだった。

 それが今はまるで忍びの兇賊か、はたまた幽霊かという趣でスーと横に現れる。
「危ないじゃないですか」といおうとしたら、その前に「危ないじゃないのっ!」と怒鳴られる。

 そんな愚痴を聞いてもらおうと一所懸命説明するのだが、若い人たち(私にとっては60歳も70歳も若い人)は同情するどころか、
「自転車の性能がいいからね」
「道路がいいからね」
「舗装の技術が進歩したのよね」
「この数年の文明の進歩の目ざましさは感動的よね」

 ナニが文明の進歩だ、ナニが感動的だ! こみ上げる憤怒のやり場がなく、私はしみじみとガタガタ自転車を懐かしむ。でこぼこ道、雨が降るとグチャグチャにぬかるんだ昔の道を夢に見る。

「90といえば卒寿というんですか。まあ!おめでとうございます。白寿を目ざしてどうか頑張って下さいませ」
 満面の笑みと共にそんな挨拶をされると、
「はあ…有難うございます…」
 
 これも浮世の義理、と思ってそう答えはするけれど内心は、
「卒寿? ナニがめでてえ!」
 と思っている。


ウン このお年で、これだけ切れのいい厭味を垂れるとは、シッカリしてはるでぇ♪
白寿まで、この調子で、頑張れ!

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