『ゴシップ的日本語論』4

<『ゴシップ的日本語論』4>
図書館で『ゴシップ的日本語論』という本を手にしたのです。
なんか見覚えのある表紙の装丁であるが・・・
まっ 再読になってもいいか、と思って借りたのです。

帰って調べると、やはり再読となることが判明しました。で、(その4)とします。


【ゴシップ的日本語論】
丸谷

丸谷才一著、文藝春秋、2004年刊

<「BOOK」データベース>より
テレビとケータイが日本語に与えた深刻な影響とは?昭和天皇の「ア、ソウ」と近代日本が背負った重荷!「猫被りの香具師のモモンガーの…」漱石の悪態づくしから学ぶ。さらに鏡花、折口から歌舞伎に現代思想まで、刺戟に満ちた講義、対談が満載。

<読む前の大使寸評>
なんか見覚えのある表紙の装丁であるが・・・
まっ 再読になってもいいか、と思って借りたのです。

帰って調べると、やはり再読となることが判明しました。で、(その4)とします。

rakutenゴシップ的日本語論


『ゴシップ的日本語論』1の続きを、見てみましょう。
p97~99
<文学は言葉で作る>
 この無色透明文章をよしとする文章美学、文章は「思った通りに書け」といふ文章訓は、二つ一組になって猛威をふるひました。たしかにわたしの『文章読本』はもつぱらこのペアになつてゐる文章論を目の敵にしてゐます。あの本でわたしは自分の文章訓をして「ちょっと気取つて書け」と要約してゐますが、これは「思った通りに書け」は駄目だ、文章は自然ではない、作為である、人工物である、といふことを強調しようとしたスローガンといふか、モットーといふか、まあさういふものでありました。

 この、文章は人工物である、自然ではないといふことは、わかる人にはすぐわかります。当たり前の話であり、言ふまでもないことである。だから、わかる人はわたしの『文章読本』を読んでも別に何も言はない。何とも思わないんだから何か言ふはずはない。しかし、わからない人は永遠にわからないし、単にわからないだけではなく腹を立てる。「気取つて書け」とは何だ、許せない、なんて怒った人がずいぶんゐたらしい。まあ、それくらゐ、「思った通りに書け」が浸透してゐたわけであります。

 あの「思った通りに書け」を言い出したのは夏目漱石で、大正の4年か5年に芥川龍之介に言ったのらしい。あるとき芥川が漱石に向つて志賀直哉の文章を褒めた。このころ、志賀はまだ短編集を1冊しか出していない新進作家です。芥川が、
「どうしたらああいふ文章が書けるんでせうね」
 と言った。すると漱石が、
「文章を書かうと思はずに思ふまま書くからだらう。おれもああいふのは書けない」
 と答へたのださうです。これが口から口へと伝わって行ったんぢゃないでせうか。

 何しろ芥川は大正年間を通じて最高の人気作家だったし、夏目漱石の権威と名声はすごかつた。二人とも文章がうまいといふ評判だったし、学識といふ点では誰も頭があがらなかつた。それでこの文章論は、あつといふ間に文壇の内外を通じて喧伝され、一時代の常識を形づくつた、それが戦後に至つた、と考へられます。

 しかし漱石だつてときどきは間違へる。そのことは、あの『文学論』といふ変な理論で文学の根本問題をとらえたと錯覚した、といふ一事によつても明らかである。ここは一つ、漱石の意見を検討しなくちゃなりません。

 まづわれわれは、文章を書かうと思ふから書けるのである。書かうと思はなければ、いつまで経つたつて紙の上は真白でせう。それゆゑ、漱石の話はをかしい。しかしわたしがかう言へば、人は、そんなの揚げ足とりだ、と言ふでせうね。漱石は、昔ふうの、格式張つた、改まつた文章を書かうとしないで、もつと自由に書く、その態度をよしとしたのだ、と叱られさうである。でも、志賀直哉はおそらく、彼なりに、文章を書かうと思つて書いた。漱石の説はをかしい。すくなくとも、言ひ方が粗雑であり、乱暴であることは認めなければなりません。

ウーム 大正時代にはこんな高尚な文学論の論争があったのか…暇なこっちゃ、と思わないでもないで(笑)。
それから、論争を覚悟して持論をぶち上げる丸谷さんの心意気が、ええでぇ♪

『ゴシップ的日本語論』1:文学は言葉で作るp95~97
『ゴシップ的日本語論』2:泉鏡花の位置p137~141
『ゴシップ的日本語論』3:日本語があぶないp32~37

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック