『おおきなかぶ、むずかしいアボカド』1

<『おおきなかぶ、むずかしいアボカド』1>
図書館で『おおきなかぶ、むずかしいアボカド』という本を、手にしたのです。
おお 村上さんのエッセイ集やないけ♪…しかも比較的に新しい本で、これはいけるかも。 


【おおきなかぶ、むずかしいアボカド】
アボカド

村上春樹著、マガジンハウス、2011年刊

<「BOOK」データベース>より
アンアン連載の人気エッセイ、村上春樹のテキストと大橋歩の銅版画がつくり出す居心地のいい時間。野菜の気持ち、アンガー・マネージメント、無考えなこびと、オキーフのパイナップル、あざらしのくちづけ、うなぎ屋の猫、決闘とサクランボ、ほか全52篇。

<読む前の大使寸評>
おお 村上さんのエッセイ集やないけ♪…しかも比較的に新しい本で、これはいけるかも。

amazonおおきなかぶ、むずかしいアボカド


ズバリ エッセイの書き方を、見てみましょう。
p30~33
<エッセイ> 
 雑誌にエッセイの連載を持っていて、あらためてこんなことを言うのはなんなんだけど、エッセイを書くのはむずかしいです。

 僕は本来は小説家なので、小説を書くことはそんなにむずかしいとは思わない。もちろん簡単なことではまったくないんだけど、小説を書くのは僕の本職だから、黙ってやるのが当たり前、いちいち「むずかしい」なんて言っていられないというところはある。

 翻訳も副業として長くやっているけど、半分趣味みたいなものなので、とくにむずかしいという感覚はない。好きな作品を、好きなときに、好きなだけ訳している。それでむずかしいだの、骨が折れるだの文句を言い出したらばちがあたるだろう。

 それに比べると、エッセイというのは僕の場合、本職でもなく、かといって趣味でもないので、誰に向けてどういうスタンスで何を書けばいいのか、もうひとつつかみづらい。はて、いったいどんなことを書けばいいのだろうと、腕組みをしてしまうことになる。

 とはいえ僕にも、エッセイを書くに際しての原則、方針みたいなのはいちおうはある。まずひとつは人の悪口を具体的に書かないこと。第二に言いわけや自慢をなるべく書かないようにすること。第三に時事的な話題は避けること。

 しかしこの三つの条件をクリアして連載エッセイを書こうとすると、結果的に話題はかなり限定されてくる。要するに「どうでもいいような話」に限りなく近づいていくわけだ。僕は個人的には「どうでもいいような話」がわりに好きなので、それはそれでかまわないんだけど、ときどき「お前のエセイには何のメッセージもない。ふにゅふにゅしていて、思想性がなく、紙の無駄づかいだ」みたいな批判を世間で受けることがあって、そう言われると「ほんとにそうだよな」と思うし、また反省もする。小説に関しては、どのように批判されても「ふん、知ったことか」と開き直れるのに、エッセイに関してはそこまで厚かましくなれない。

 だから連載エッセイを持つことはあまりないんだけど、たまに「そろそろエッセイをまとめて書いてもいいかな」という向こう見ずな気もちになることがあって、それでこんな風に毎週、どうでもいいようなことをぽつぽつと書いています。くだらないと思っても、あまり怒らないで、適当に見逃してください。村上も村上なりに一生懸命やっているのです。

 昔のアメリカ西部の酒場にはだいたい専属のピアノ弾きがいて、陽気な、罪のないダンス用の音楽を奏でていた。そのピアノには「ピアニストを撃たないでください。彼も一生懸命演奏しているのです」という張り紙がしてあったという。僕にもその気持ちはよくわかる。酔っぱらったカウボーイが「まったく下手なピアノ弾きやがって、このやろう」とずどんとピストルをぶっ放すこともあったんだろうな。そんなことをされたら、ピアニストだってたまらない。
 ピストル、持ってないですよね。


そういえば、シャルル・アズナブールがピアニストを演じた『ピアニストを撃て』という映画があったなァ♪

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