『呪いの時代』3

<『呪いの時代』3>
図書館で『呪いの時代』という本を、手にしたのです。
今読んでいる『呪いの思想』という本にタイトルが似ているな~…
ということで、尻取りのように借りたわけでおます(汗)

帰って調べてみると、この本を今年の5月に借りていることが分かりました(イカン イカン)。
…で、この記事を(その3)としています。

【呪いの時代】
呪い時代

内田樹著、新潮社、2011年刊

<「BOOK」データベース>より
巷に溢れる、嫉妬や妬み、焦り―すべては自らにかけた「呪い」から始まった。他者へ祝福の言葉を贈ることこそが、自分を愛することになる―呪いを解く智恵は、ウチダ的“贈与論”にあり。まっとうな知性の使い方と時代を読む方程式を考える一冊。

<読む前の大使寸評>
今読んでいる『呪いの思想』という本にタイトルが似ているな~…
ということで、尻取りのように借りたわけでおます(汗)

amazon呪いの時代


『日本辺境論』について語っているので、見てみましょう。
p139~143
<『日本辺境論』の構造的三本柱> 
 『日本辺境論』はもちろん僕が書いた本ではあるんですけど、僕自身のオリジナルな発想は全体の3分の1ぐらいです。残りの3分の2は、これまでに先賢たちの手によって書かれた優れた日本論の著述を僕なりにまとめて、噛み砕いてお示ししたものです。

 最初の方では、丸山真男、梅棹忠夫、川島武宜、岸田秀といった先賢たちの日本論を祖述しています。どれも、いま読んでもまことに奥が深い。これらの論を質的に超えるものはそのあと書かれていません。でも、最近の若い人にはこういう古典的な日本人論はあまり読まれていないようです。古典のたいせつさはやはり定期的にアナウンスしなければいけません。そう考えて、改めて読者のみなさんにご紹介しました。

 そのあとに、多少オリジナルな知見を書き加えました。どの辺がオリジナルかということについてお話ししたいと思います。この本を書く直接のきっかけとなったできごとが二つあります。一つは養老猛司先生からマンガ論をうかがったこと。そのとき先生から「漫画の絵の部分は表意文字で、吹き出しが表音文字である」と教えていただきました。そして、先生はそれを脳内において2ヶ所で言語処理を行っているという解剖学的事実によって説明されました。

 失読症(ディスレクシア)という疾患があります。これは脳内の言語活動をつかさどる部位に器質的な損傷があって生じる障害なんですけれど、欧米のアルファベット言語話者の病態は「字が読めない」というかたちをとります。それだけ。でも、日本人の病態には2種類があります。「漢字が読めない」と「かなが読めない」。つまり、日本人は脳内において、漢字を処理する部位とかなを処理する部位は解剖学的に別の場所にあるということです。

 養老先生からそのことをうかがって、これはまことに恐るべき事実であると思いました。漢字というのは外来の記号体系です。「かな」というのは、それを土着の言語のための音声記号に流用したものです。外来の言語を図像情報として、土着の言語を音声情報として、脳内の2ヶ所で並列処理している。その分裂的な、あるいは対話的な関係のなかで、日本人は思考している。そんな奇妙な思考をしている言語集団は現代ではどうも日本人のほかにはないようである(かつては中国の周辺地域ではどこでも漢字と土語のハイブリッド言語が用いられていましたが、今はもう日本語だけしか残っていません)。そう考えたら、もしかしたら、この言語学的・解剖学的事実が日本文化の全体的構造を規定しているのではないか…というアイディアが浮かんだのであります。

 同書の基礎となったもう一つのアイディアは、憲法と自衛隊について書いた『9条でどうでしょう』からあとずっと考えてきた「日本属国論」というスキームです。日本はアメリカの軍事的属国なのですが、「属国である」という事実を意識化しないように、さまざまな心理的抑圧を行っている。「アメリカの属国である」というトラウマ的事実を隠蔽するに際して日本人が採用した装置はきわめて巧妙なものでした。よくできた抑圧装置においては、自分がある種の心的事実を抑圧しているという事実そのものが抑圧されている。

 よくできた検閲が「検閲が行われているという情報そのものが検閲されている」ので、誰も検閲が行われていることを知らないというのと同じ仕掛けです。そのとき、もしかすると、日本人の、一見して奇矯に見えるさまざまな言動はこの抑圧の症状なのではないかと考えたのです。

 人間は無目的には狂いません。狂うことによって現実との直面を回避した方が失うものが少ない場合にのみ人間は狂う。日本人もまた狂気を病むことを代償にして、それよりもっとダメージの大きな病を回避しているのではないか。そんなふうに考えたのです。

 ある種の「疾病利得」を求めて日本人たちは世界のほかの国の人びとから見ると理解しがたい特殊な行動をとっている。そう解釈をしてみると、これまでわかりにくかったいくつかの問題がすっきりしそうな気がしてきました。

 というわけで、『日本辺境論』の構造的な三本柱というのは、一つは先賢たちの日本論知見を改めてご紹介すること、一つは養老先生の「マンガ脳」のアイディアを日本文化論的に展開すること、一つはアメリカの属国である事実を隠蔽する心理的装置の構造を解明すること。そう言うことができるかと思います。「三本柱」と言っていますが、むろん書き始める前はそんな予定調和的なことを考えていたわけではなく、書き終わったものを読んでみたら、そうだったということですけど。


ウン 素晴らしい三本柱ですね。特に「属国である」という事実を隠蔽する装置というのが鋭い!

『呪いの時代』1:世界でも例外的な日本p88~91、漢字文化圏の破壊的な事態p96~99
『呪いの時代』2:草食系男子についてp127~129、p130~132


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