『やわらかなレタス』2

<『やわらかなレタス』2>
図書館で『やわらかなレタス』という本を、手にしたのです。
先日借りて読んだ『江国香織とっておき作品集』がよかったので、尻取りのように借りたわけでおます♪


【やわらかなレタス】
レタス

江國香織著、文藝春秋、2011年刊

<「BOOK」データベース>より
ここにあるのは幸福な魂の食事。食べものをめぐる言葉と、小説、旅、そして日々のよしなしごと。

<読む前の大使寸評>
先日借りて読んだ『江国香織とっておき作品集』がよかったので、尻取りのように借りたわけでおます♪

amazonやわらかなレタス


フランスパンについて、見てみましょう。
p211~214
<パンと不文律> 
 ところで、私と妹のあいだには、パンをめぐる不文律がある。フランスパンは、何があっても買ってきたその日のうちにたべる、というのがそれで、その不文律ができて以来(いつできたのか、正確なところはわからないが、たぶん妹が小学生、私が短大生のころだったと思う)、私たちは頑ななまでに忠実に、その約束を守っている。

 言うまでもなくフランスパンは、一晩おいてしまうと、別物としか思えないくらい味がおちる。香ばしく乾いて、ぱりぱりと壊れる皮がまず失われる。湿気を保ち、ふっくらした柔らかさに粉の甘みがにじむ内側が、次に乾燥してしまう。だからその日のうちにたあべたいというのが不文律を守る理由ではあるのだが、こういう、破っても誰も困らない約束に関して、もしかすると破ったら誰かが困る約束のとき以上に、私たちが頑固であるから守っている、ような気もする。

 簡単なことのように思われるかもしれないが、何があっても、というのは、なかなか厳しい条件である。自分たちがフランスパンを買ってきたときには問題はないが、母が買ってきたとき、私か妹のどちらか(あるいは両方)がでかけていたとする。食事をしたりお酒をのんだりして、たとえば妹が11時に、私が12時に帰宅したとする。私たちは、午前1時に台所で、必ず立ったままフランスパンをたべる。専用の包丁でざくざく切って、一口ごとにバターをつけて。

 なぜ立ったままなのか妹と話しあったことはないが、欲望のためにたべているのではなくて、不文律を破らないためにたべているのだ、というポーズだったのだと思う。事実、私も妹も夜中にフランスパンをたべるとき、これは立派な心掛けの実践である、と信じて疑わなかったし、だから「たべよう」ではなくて、「たべなきゃ」と言ってたべ始めるのだった。

 「じいちゃん(私のこと)、大変。かーさんがフランスパンを買ってきちゃった」
 妹が私の部屋にとびこんできて、そう報告することもあった。
 「えっ、また?」
 もしこの会話を誰かが聞けば、フランスパンが嫌いなのかと思うだろう。でも逆で、あまりにも好きだったのだ。

 私たちの不文律は徐々に父と母にも浸透し、夜中に4人でフランスパンをたべたこともあった。コーヒーも紅茶もいれず、ワインの栓を抜いたりもせず、台所の調理台を囲むように立って、なんとなく厳かな気持ちで。

 こういうとき、母はしばしば笑いだした。
 「どうしてもいまたべなきゃいけないの?」と言ったり、「あんたたちって」と言ったりし、笑うけれど愉しそうにつきあってくれた。
(中略)

 その後、結婚して家を出て、べつべつに暮らすようになっても、私は勿論不文律を守っている。妹に訊いたことは一度もないが、彼女もまた守っているに違いないことを、私は心底確信している。


『やわらかなレタス』1

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