『お言葉ですが・・・別巻2』

<『お言葉ですが・・・別巻2』>
図書館で『お言葉ですが・・・別巻2』という本を手にしたのです。
パラパラとめくってみると、漢字に関する薀蓄がすばらしいのです♪



【お言葉ですが・・・別巻2】
お言葉

高島俊男著、連合出版、2015年刊

<「BOOK」データベース>より
【目次】
退屈老人雑録(選ばなかった道/ヨーロッパ最新の『隠居論』/諸藩のえりぬき「貢進生」 ほか)/うまいものあり、重箱のスミ(ミスタータイガース永久缺番10/天もとこしえ地もとこしえ/多藝の天才?器用貧乏? ほか)/戦後国語改革の愚かさ(戦後国語改革の愚かさ/漢字の輸入は日本語にとって不幸であった/なんだこりゃ、中国の漢字 ほか)

<読む前の大使寸評>
パラパラとめくってみると、漢字に関する薀蓄がすばらしいのです♪

rakutenお言葉ですが・・・別巻2

簡体字

台湾における文字改革を見てみましょう。
p188~193
<中華民国と中華人民共和国、それぞれの文字改革>
 いま日本では「台湾」と言っているが、これは地域名、つまりあのサツマイモのような形をした島の名なのであって、「台湾」という名の国があるわけではない。国の名前は「中華民国」というのである。

 この中華民国は、もともと中国大陸にあった。この国は、1912年に建国して、1949年まで37年間、「中国」というのはこの中華民国であった。

 でこの中国も、建国当初から、漢字はおいおいやめねばならない、という方針であった。そこでまず、日本の「かな」に相当する「注音字母」というものを作った。これは人口的に作ったものだから、「かな」より合理的にできている。一文字で一音節をあらわし、現在でも台湾では子どもの教育に使用されている。

 しかるにこの中華民国という国の37年間は、まことに多難であった。
 はじめは国内各地に割拠する軍閥とたたかい、つぎは侵入してきた強力な日本軍とたたかい、やっと日本がしりぞいたと思ったらこんどは革命を叫ぶ共産党とたたかい、とうとう負けて海に追い落され、台湾に逃げこんだ。なかなか言語政策の推進どころではなかったのである(結果としてそれがさいわいしたのであったが)。

 大陸のほうでは共産党が、「中華人民共和国」という国をうちたてた。いま日本で「中国」と言っているのはこの中華人民共和国のことである。
 共産党は新中国をうちたてると、すぐに文字改革にとりかかった。この点では中華民国がやろうとしてできなかったことをうけついだのである。

 共産党の文字改革の柱は二つある。一つは、漢字の簡略化である。これは、上にも言ったように、いずれ漢字は全廃する方針なのであるが、一挙にやるのは混乱をまねくので、うんと簡略化して当分使用しようというのである。それで新しく制定した簡略な字を「簡体字」あるいは「簡化字」と呼び、従来の字(つまり正字だ)を「繁体字」と呼んだ。

 もう一つは表音文字の制定である。中華民国が作った「注音字母」があるのだけれどそれは採用せず、別に「〇音羅馬字」というのを作った。これは、ローマ字、つまりアルファベットをもちいて中国語の音を書きあらわす方式である。中華民国の注音字母が日本語の「かな」に相当すとすれば、〇音羅馬字は日本語の「ローマ字書き」に相当する。

 共産党政府としては、遠くない将来漢字を全部やめてこの〇音羅馬字だけにする計画であったのだが、いまではその見こみはまったくなくなっている。

(中略)
<なぜ台湾にだけ正字が残ったか>
 台湾では、漢字は、従来のものがそのまま使われつづけた。
 これにはいろいろな理由がある。
 1949年以後の台湾は、人口の大部分は日本時代から台湾にいる人たち、およびその子供たちであるけれども、社会の上層、つまり支配層、指導層(政治家、官僚、軍人、学者、等々)は、元来台湾とは無縁の、やむなく台湾へ逃れてきた人たちである。つまり正真正銘の中国人である。

 この人たちには、自分たちの父祖の地である中国は、いまあの無知で凶悪な共産党の連中に占拠されているけれども、優秀な中国文化の伝統はこちらにある。われわれによって保持されているのだという意識がある。だから、大陸のほうで共産党が簡略字を作って流通させているからといって、それに追随するわけがない。いきおいこれまでどおりの字をそのまま使うことになる。

 それから、台湾へ逃げこんできてからの少なくとも十年か十五年のあいだ、この人たちは、そんなに長く台湾にいるつもりはなかった。軍事力をたてなおして、大陸に逆上陸し、共産党を倒して、もう一度中国全土を中華民国の天下にするのだと思っていた。

 であるから、台湾において、長い目で見た政策を立てたり実施したりする気はなかった。道路、空港、鉄道、港湾、学校・・・・、その他なんであるにせよ、軍備強化に直接かかわるものはもちろん優先整備せねばならぬが、それ以外は何ごとも、よほどの不都合がないかぎり、おおむね従来のままであった。

<日本語教育から「国語」教育へ>
 まして言語は・・・・さあこの台湾の言語のこととなると、これはもう話がはなはだめんどうなのであるが、これもごくかいつまんで申しておきましょう。

 1945年の日本敗戦までは、台湾は日本の一部であったのだから、学校では無論日本語で授業をしていたし、官庁や会社でも日本語が使われていた。家庭や地域では、ふつうの台湾の人たちは、ビン南語を話していた(このビン南語を一般に「台湾語」と言っている。ビン南語は話しことばがあるだけで、それを文字に書きしるす方法はない)。台湾の人でも、上流の階層は家庭でも日本語を使っていた。それから台湾の原住民は日本語を使っていた。これは、原住民の言語は種族ごとにそれぞれちがっていて、共通の言語がなかったからである。

 そこへ中華民国が中国語を持ちこんできた。これは一般に「北京官話」と呼ばれる中国の標準語で、中華民国ではこれを「国語」と呼んでいる。いまではもうこの「国語」がすっかり普及していてだれでも国語を話すが、50年あまり前には、これから学校で「国語」を教えて根づかせてゆこうと始まったばかりであったのだ。


この本も漢字の世界に収めておきます。

 

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