『紅茶スパイ』7

<『紅茶スパイ』7>
図書館で『紅茶スパイ』という本を手にしたのです。
パラパラとめくると、東インド会社、王立園芸協会、三角貿易とか散見されるわけで・・・まさに女王陛下の007ではないか♪

おっと、冗談はさておいて・・・
ちょっと硬い視点かもしれないけど、アヘン戦争当時のイギリスの帝国主義、植民地主義を知りたいわけでおます。


【紅茶スパイ】
紅茶

サラ・ローズ著、原書房、2011年刊

<「BOOK」データベース>より
19世紀、中国がひた隠ししてきた茶の製法とタネを入手するため、英国人凄腕プラントハンター/ロバート・フォーチュンが中国奥地に潜入…。アヘン戦争直後の激動の時代を背景に、ミステリアスな紅茶の歴史を描いた、面白さ抜群の歴史ノンフィクション。

<読む前の大使寸評>
ちょっと硬い視点かもしれないけど、アヘン戦争当時のイギリスの帝国主義、植民地主義を知りたいわけでおます。

rakuten紅茶スパイ


最終章のフォーチュン余話あたりを、見てみましょう。
p265~266
<第19章 フォーチュン余話>
 数度の中国行きで、フォーチュンはさまざまな種類の植物をイギリスに紹介し、普及させた。東洋で彼が「発見した」植物は数百種に達し、中でもケマンソウ、冬咲きジャスミン、白花フジ、12種類のシャクナゲ、キクなどが有名だ。

 彼はまた、緑茶と紅茶はまったく同じ種類のチャノキであることを証明してリンネ協会の分類を訂正し、中国人は毒性の合成着色料で緑茶を染めていることを暴露してイギリス人の健康を回復させた。

 ウォードの箱に種を蒔いて輸送したフォーチュンの実験が成功したおかげで、多くの植物を移植することができるようになった。好例として、そびえるようなカシやクリの木といったイギリスの巨木が挙げられる。彼がウォードの箱で改良を重ねる前は、多くの植物が移植できなかった。茶の種と同じように、ブナ科植物の種は簡単に輸送できなかったからだ。だが彼の創意工夫のおかげで、農業全体が新天地で新しい市場を開拓するこおとができた。

 しかしフォーチュンのプラントハンティングの世界は、急速に過去のものになりつつあった。スエズ運河が開通するや、中国-イギリス間を1ヵ月ちょっとで航海できるようになり、喜望峰ルートの激しい気温の変化を避け、植物が輸送中に受ける脅威を最小限にすることができた。さらに海底電信ケーブルが世界各地で敷設され、情報が容易に行き渡るようになると、フォーチュンの時代に中国でよく見られたその場限りの虚勢は消えざるをえなくなった。

 ロバート・フォーチュンのような人間はもう出てこないだろう。東インド会社が解散し、それとともにプラントハンターは不要になった。いかなる巨大独占企業も、東インド会社並みの研究開発費を進んで払おうとしないからだ。

 フォーチュンは、若い頃はアジアという大舞台で活躍し、壮年時代にはイギリスを豊かにするために活躍した。彼が持ち帰った多くの園芸植物はイギリスをより緑豊かに、より快適にした。はるか遠い中国で大事に梱包され、世話をされた、彼のたくさんの貴重な苗木は、キュー植物園の大パゴダのすぐそばに安息の地を見出した。

 フォーチュンが老年を迎える頃には、インドの茶農園は質量ともに中国を上回った。中国茶が欧米の市場で再び競争力を持つことはないだろう。フォーチュンの秘密の活躍がきっかけとなって、インド産の茶は利益を生み続けた。

 フォーチュンが中国から茶の種や苗木を盗み出したとき、それは保護貿易上の秘密を盗み出した、史上最大の窃盗だった。彼の活動は現在なら「産業スパイ活動」とみなされ、センセーショナルに扱われたことだろう。


ところで、現代のプラントハンターについては、NHK番組プラントハンター西畠清順が興味深いのです。オリーブ1
樹齢約500年のオリーブの木@三宮の神戸国際会館


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