『中国を考える』2

<『中国を考える』2>
図書館で『中国を考える』という文庫本を手にしたのです。
司馬遼太郎と陳舜臣との対談ということだが・・・・
同年輩で、ともに関西出身のお二人の対談は、なかなかいい雰囲気やでぇ♪


【中国を考える】
中国

司馬遼太郎, 陳舜臣著、文藝春秋、2013年刊

<「BOOK」データベース>より
古来、日本と中国は密接な関係を保ってきた。だが現実には、中国人は日本にとって極めて判りにくい民族なのではないか。ぶつからないためには理解すること、理解するためには知ることー両国の歴史に造詣の深い二大家が、この隣人をどのように捉えるべきか、長い歴史を踏まえて深く思索する中国論・日本論。
【目次】
第1章 東夷北狄と中国の二千年/第2章 近代における中国と日本の明暗/第3章 日本の侵略と大陸の荒廃/第4章 シルクロード、その歴史と魅力

<読む前の大使寸評>
同年輩で、ともに関西出身のお二人の対談は、なかなかいい雰囲気やでぇ♪

rakuten中国を考える

 
宋のナショナリズムや尊皇攘夷あたりを見てみましょう。
p66~69
復古主義の罠にかかってはいけないより
司馬:国民党政権のリーダーだった汪兆銘が日本に寝返ったということが、歴史的謎だけど、汪兆銘氏と蒋介石氏の話し合いがあったともいわれる。その工作に参加した人に、のちに少将になった日本陸軍の経理部の将校がいるんですね。
(中略)
 旧軍人にしてはめずらしくしっかりした文章で、自分の体験でありながら、ちゃんとした学問の雰囲気を持った回顧録なんですね。その回顧録には、そのときに関係した中国のジャーナリストとの対談を巻末に付録として載せている。汪兆銘は蒋介石と黙契があったでしょうかということが中心なんだけれども、その中で、その古いジャーナリストが、中国において対外問題を語るときに、言論の自由は秦檜、岳飛の事件以来、他の文明国ほど自由はないんです、と言っているんです。これは重要なことやな。

 宋が異民族の帝国である金に追われて、揚子江以南に逃げ、そこでか細く余命を保っている。読書人も北から逃げて、官吏も北から逃げて、そこで強烈に起こってくるのは、異民族の害からわれわれ漢民族は立ち上がらなきゃならない、という考えですね。尊王攘夷という言葉がこの時代に成立する。

 もともと中国と言うのは、唐の時代にはあれだけ国際的精神を持っていた。つまり中国文明に参加してくるものは、目の色が変わろうと、皮膚の色が変わろうとよろしい、官吏になりなさい、ということでしょう。

陳:安禄山もそうですね。パミールで戦った唐の将軍高仙柴は朝鮮です。阿倍仲麻呂も中国で高官になった。

司馬:安禄山もむろんそうです。異民族をも取り込んでいく、という体質はローマ帝国にも多少あったかもしれないけれども、唐の長安の雰囲気ほどの大国際性はなかったと思う。いまでいえばアメリカやね。

 アメリカでも、アングロサクソン優位がある。唐の長安でも、気分として漢民族優位があったかもしれないけれども、要するにキッシンジャーみたいな人はいくらでも採用されていた(笑)。それが時代がうんと下って、異民族が華北を制して、宋が揚子江以南に逃げた時期では異民族はよくないという排外思想がはじめて起こる。それまでは自分たちの住んでいるところは宇宙そのものだと大らかに思っていたわけですからね。つまり文化意識が中心だった。これは当然のことですわね。しかし宋がその故地をすててから強烈なナショナリズムが起こる。そしてそれが宋学になるわけでしょう。

 宋学というイデオロギーには、基本的な大事件というものがむろん基礎にあるわけだ。それが金と妥協したのは秦檜であり、金に対してあくまでも抗戦したのは、育ちは悪いけれども武人であった岳飛である。岳飛はたいへんな忠臣であって、秦檜はどうしようもない漢奸である。秦檜は、僕らの東洋史の教科書に写真が出ていたけれども、石像になっていて鎖で括られている。これが宋学を生み、民族主義を生み、それが日本に影響を与えて、後醍醐天皇以来、宋学好きになり、明治維新のムードは尊皇攘夷になる。

 つまり揚子江以南に、遠き昔に逃げて来て、南宋で起こった民族主義思想が、はるか後代で日本に影響をもたらすわけだけれども、中国でもむろんその影響は続いていて、うかつに対外問題を論ずると漢奸になると、その人は言うわけですよ。

 これは体験者が言う言葉だから、自然言葉の範囲が狭いわけだ。ですからわれわれがこれをそのままとって中国問題を論ずるわけにはいかない。しかし、この言葉を読んだとき、僕は目からウロコがおちるような気がしたな。まあ、文明というのは、お互いに人類共通のものだけれども、ほんとうを言えば、やがて国や民族がはずれていくんだろうけど、それまでは過渡期としてこういう話になるんだろうね。

陳:歴史のいろんな滓がたまって、ちょっと見ただけでは、なかなか大へんだという気がするけれど、僕はこの過渡期というのが、あんがい短いのではないかと予想するね。滓なんぞ洗い流すのは、そんなに難しい仕事じゃない。復古主義の抵抗はあるだろうが、歴史の流れは変えられるものじゃない。流れが大きくなると、勢いもつよく速くなりそうだ。中国の批林批穴もこの復古主義にたいするパンチだろう。歴史を研究するにも、復古主義の罠にかかってはいけない。歴史はそこから、教訓をとり出すべきもので、そこへ戻っちゃなんにもならないと思う。戻りたいような魅力のある時代が、ほんとうにあるだろうか?僕はなかったと信じるね。

司馬:僕が中国人であっても、心からそう思う。住民にとっていい時代などはなかった。


『中国を考える』1

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