『東方的』2

<『東方的』2>
図書館で中沢新一著『東方的』という本を手にしたが・・・・
目次を見ると、多彩なテーマが並んでいて、何が語られるのか、興味深いのです。


【東方的】
東方

中沢新一著、講談社、2012年刊

<「BOOK」データベース>より
ボストークー東の方。人間を乗せた最初の宇宙船の名前である。偉大なる叡智=ソフィアは、科学技術文明と近代資本主義が世界を覆い尽くす時こそが、真実の危機だと告げる。バルトーク、四次元、熊楠、マンダラ、シャーマニズム、製鉄技術、方言、映画とイヨマンテ…。多様なテーマで通底する「無意識」に、豊饒な叡智を探求する。

<大使寸評>
スラブ民族や熊楠曼荼羅など、果ては四次元的推論まで縦横無尽に書きつくす(あるいは書き散らす?)中沢さんの頭の中は、どうなっているのだろうと、驚いたのです。

shogakukan東方的


南方熊楠の独特なフィールドワークが述べられています。
p119~122
<高次元ミナカタ物質>
 紀州田辺の自宅でおだやかな研究生活をおくっているときの南方熊楠は、ほとんど毎日のように、明け方まで顕微鏡をのぞいて標本の写生をしたり、読書や書き物をしていることが多かったので、どうしても起きてくるのは、昼近くの11時ころになってしまった。

 起きるとすぐに、おそい朝食をとった。たいていはパンやみそ汁のシンプルなメニューだったが、好物の肉が食べたくなると、朝食というのに、近所にあった洋食屋から、ぶ厚いステーキをとりよせるのである。

 ステーキにあきると、うなぎをとったりした。こってりした食事の方が、むしろ気に入っていたらしいのだ。食事をおえると、すこし庭をぶらぶらしたあと、読書をしたり、手紙を読んだりしてすごし、こんどは居間の畳にまたごろりと横になった。一生涯きまった職につくことのなかった人らしく、じつに自由で悠々としたものだった。

 そうして夕方まで昼寝をし、5時か6時ころムクッと起きあがると、少し歩いたところにある銭湯にでかけるのである。銭湯には、2時間も3時間もつかっていた。銭湯の主人は、あらかじめ南方からそれ相当の心付けをうけとってしまっていたので、毎日やってきては長時間ねばっていくこんな客にも、いやな顔ひとつ見せなかったらしい。

 ところで、南方熊楠の長風呂には、ちゃんとした理由があった。銭湯には、実に雑多なタイプの人々がやってくる。しかもだいたい時間ごとに、はいりにやってくる人間のタイプは一定しているのである。

 夕方には、まず子供がやってくる。つづいて学生たちがくる。それがひくと、こんどは商家の人々、それから職人、農民がつづく。そして、夜もふけてくると、仕事をおえた車夫やあんまがやってきて、しまい湯ころになって、新地あたりの妓家の主人がはいり、最後には芸者というのが、だいたいのパターンだ。

 南方は、銭湯につかりながら、つぎつぎとやってくるそうした雑多な人々の会話に耳を立て、またその人々から、さまざまな話をききだそうとした。

 田辺にこもりっきりで研究にうちこみ、すこしも外出することのなかった月も多い南方にとっては、銭湯の長湯は、はばが広く質もよいたしかな情報を知るための、もっとも確実なフィールドワークとなっていたのである。(彼は柳田国男にも、書簡のなかで、その方法をすすめている)

 話を聞くときの南方には、たしかな情報をえるための、ひとつの方法があった。それは同じ話をくりかえしくりかえし聞く、というやりかただ。そうしていると「たいてい話の真偽、有拠無根が分かる」というのである。真実の話を語っている人は、同じ話を何度しても、たいせつなところでは、けっしてその話の結構をくずさない。
(中略)

 ところで、銭湯につかりながら、こういう方法で、南方熊楠が最大の興味をもって聞きだそうとしたもの、それはじつは幽霊にまつわる話であった。むかしの日本人は、とにかく幽霊話が好きだった。

 とくに小都市の生活者にとって、夜の幽霊話は、のっぺりとととのった彼らの生活空間のそこここに、異質な空間への出入り口をうがち、そこを内側と外側がまるでメビウスの帯のようにしてひとつながりになっていくマニホールド(多様体)につくりかえてしまう、ぞくぞくするほど魅惑的な体験をあたえてくれていた。


『東方的』1

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