韓国人の発想

<韓国人の発想>
父の蔵書棚から『韓国人の発想』という本を見つけたのです。
1986年刊ということでかなりの古本であるが、著者の黒田さんという名前にはには見覚えがあるのです。

黒田さんの本は、常々チェックしているのだが、この本は我が家の黒田本では最も古い本になります。


【韓国人の発想】
黒田

黒田勝弘著、徳間書店、1986年刊

<「BOOK」データベース>より
アジア大会や88年のソウル・オリンピックを前に、韓国および韓国人への関心はいよいよ高まっている。“一衣帯水の国”とか“近くて遠い隣人”といわれながら、われわれ日本人にとって韓国人の考え方はわかりにくいものでありつづけた。この本は韓国生活5年有余、1970年代後半からずっと韓国ウォッチャーでありつづける著者が書いた初の本格的な体験的韓国人論であり、彼我の発想の微妙な“異同感”を実に明快に分析し、この隣人とどう付き合うかを示唆する快著である。

<大使寸評>
黒田さんの本は、常々チェックしているのだが、この本は我が家の黒田本では最も古い本になります。

rakuten韓国人の発想


日韓両国の美意識が語られているが、私も同感した次第でおます♪
p39~41
<日本は緊張の美、韓国は融通の美>
 韓国人はことほどさように、規格や協調を嫌ういわば「字あまり」文化です。これをすこし補足すれば、韓国人たちが型にはまらないこと、あるいは不揃いを好むことでもあり、個人的判断や好みを重視するということです。つまり韓国人は個性的なのです。

 たとえば、韓国で山中の古寺を訪れたりします。韓国のお寺はほとんどが山寺で、その規模はささやかです。赤や青の極彩色の古刹というのは日本人の感覚には合いませんが、ただ山寺の書院というのは、その障子の白が枯れた味をかもし出して、日本人の美意識をくすぐります。

 ところが、書院のみならず寺の各種建造物の戸、障子、それから壁の柱、梁、けたなどが全くといっていいほど整然とは組み合わされていません。ゆがんでいたり、隙間があったり、ズレていたり、全体にガタピシした感じで無規格もいいところです。

 しかし、これが韓国文化の味なのです。韓国人はそうしたスキ間やズレ、ゆがみを楽しんでいるようです。整わないところに美を感じるのです。

 日本の寺や神社などの規則正しいピチッとした造りとは、全く異なる味です。日本文化の緊張の美に対する、韓国文化の融通の美とでもいうのでしょうか。あるいは静と動。この「字あまり」的な韓国の味は、人を包み込む人間味を感じさせますが、それが韓国文化です。

 いわゆる文化談義はあまり得意ではありませんが、もう一つの例をあげれば、日韓のスモウの違いもそうです。日本人のスモウには土俵がありますが、韓国のスモウ(シルム)には試合場としての土俵はあっても、そのワクを出る出ないは勝負に関係ありません。日本のスモウが限られた空間での勝負という、緊張を伴った限界性文化であるのに対し、韓国のスモウは空間を意識しない無限性文化です。

 あるいは生け花もそうです。日本の生け花は、花を生けても実は花を見せているのではなく、花と花の間の空間を見せているように思えます。そのために材料は少なく、枝や葉、花を落としに落として構成します。ところが韓国の生け花は、花を見せます。華麗で文字通り華々しいのです。広い空間に無限に広がる生け花です。

 もちろん池坊など日本の流派も入っていますが、韓国人は日本の生け花を見て「寒々としている」とつまらなそうに言い、これに対し日本人は韓国の生け花を見ると、へきえきした感じで「頭が痛くなる」と言います。双方の美意識も明らかに違うようなのです。


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