『職業としての小説家』4

<『職業としての小説家』4>
大学図書館で『職業としての小説家』をみっけ♪、市図書館の予約を解消し、借出したのであるが・・・
大学図書館は穴場やで♪


【職業としての小説家】
村上

村上春樹著、スイッチ・パブリッシング 、2015年刊

<「BOOK」データベース>より
「MONKEY」大好評連載の“村上春樹私的講演録”に、大幅な書き下ろし150枚を加え、読書界待望の渾身の一冊、ついに発刊!
【目次】
第一回 小説家は寛容な人種なのか/第二回 小説家になった頃/第三回 文学賞について/第四回 オリジナリティーについて/第五回 さて、何を書けばいいのか?/第六回 時間を味方につけるー長編小説を書くこと/第七回 どこまでも個人的でフィジカルな営み/第八回 学校について/第九回 どんな人物を登場させようか?/第十回 誰のために書くのか?/第十一回 海外へ出て行く。新しいフロンティア/第十二回 物語があるところ・河合隼雄先生の思い出

<読む前の大使寸評>
大学図書館でみっけ、市図書館の予約を解消し、借出したのであるが・・・
大学図書館は穴場やで♪

<図書館予約:(10/27予約、11/27大学図書館でみっけ、借出し)>

rakuten職業としての小説家

この本は読みどころ満載なんで、さらに(その4)として読み進めています。

村上さんが、文学にかける思いを語っているあたりを見てみましょう。
p243~247
<誰のために書くのか?>より
 インタビューなんかで「村上さんはどのような読者を想定して小説を書いているのですか」と質問されることがあります。そのたびにどう答えればいいのか、けっこう迷ってしまいます。というのは、とくに誰かのために小説を書いているというような意識は、僕にはもともとありませんでしたし、今でもとくにないからです。

 自分のために書いている、というのはある意味では真実であると思います。とりわけ最初の小説『風の歌を聴け』を夜中に台所のテーブルで書いているとき、それが一般読者の目に触れることになるなんて、まったく思いもしませんでしたから(本当に)、僕はおおむねのところ、自分が「気持ちよくなる」ことだけを意識して小説を書きました。自分の中に存在するいくつかのイメージを、自分にぴったりくる、腑に落ちる言葉を使って、そのような言葉をうまく組み合わせて文章のかたちにしていこう・・・頭にあるのはただそれだけです。

 いずれにせよ、どんな人がこの小説(みたいなもの)を読むのだろうかとか、そういう人たちが僕の書くものに対して果たして共感を抱いてくれるのだろうかとか、ここにどのような文学的メッセージが込められているのだろうかとか、そんなややこしいことはとても考える余裕もなかったし、また考える必要もありませんでした。ずいぶんきれいさっぱりしているというか、実に単純な話です。

 またそこには「自己治癒」的な意味合いもあったのではないかと思います。なぜならあらゆる創作行為には多かれ少なかれ、自らを補正しようとする意図が含まれているからです。つまり自己を相対化することによって、つまり自分の魂を今あるものとは違ったフォームにあてはめていくことによって、生きる過程で避けがたく生じる様々な矛盾なり、ズレなり、歪みなりを解消していく―あるいは昇華していく―ということです。そうしてうまくいけば、その作用を読者と共有すということです。とくに具体的に意識はしませんでしたが、僕の心もそのとき、そういう自浄作用みたいなものを本能的に求めていたのかもしれません。だからこそごく自然に小説を書きたくなったのでしょう。

 しかしその作品が文芸誌の新人賞を取り、本になって出版され、そこそこ売れて評判になり、いちおう「小説家」と名の付く立場になってしまってからは、僕としても否応なく「読者」という存在を意識させられるようになりました。自分が書いたものが書物として書店の棚に並び、僕の名前が堂々と表紙に印刷され、不特定多数の人々の手に取って読まれるわけですから、それなりの緊張をもって書かなくてはなりません。

 とはいっても、「自分で楽しむために書く」という基本的な姿勢は、それほど大きくは変化しなかったように思います。自分が書いていて楽しければ、それを同じように楽しんで読んでくれる読者だってきっとどこかにいるに違いない。その数はそれほど多くはないかもしれない。でもそれでいいじゃないか。その人たちとうまく深く気持ちが通じ合えたとしたら、それでとりあえずは十分だろう、と。

 『風の歌を聴け』に続く『1973年のピンボール』、そして短編集『中国行きのスロウ・ボート』『カンガルー日和』あたりはだいたいそういうナチュラルに楽天的なというか、かなり気楽な姿勢で書いています。当時僕は他に仕事(本職)を持っていましたし、そちらの収入でとくに不足なく生活していけました。小説は言うなれば「趣味みたいなもの」として余暇に書いていたわけです。

 ある高名な文芸評論家(もう亡くなっていますが)は「この程度のもので文学だと思ってもらっては困る」と僕の最初の小説『風の歌を聴け』を酷評しましたが、それを目にして「そりゃ、そういう意見もあるだろうな」と僕は素直に思いました。そう言われても、とくに反発も感じないし、腹も立ちません。その人と僕とでは、「文学」というもののとらえ方が、もう最初から違っているわけです。

 その小説が思想的にどうかとか、社会的役割がどうかとか、前衛か後衛かとか、純文学かどうかとか、僕としてはそんなことはまったく考えてもいません。こっちとしては「書いていて楽しければそれでいいじゃないか」みたいな姿勢から始まっているわけですから、そもそも話が噛み合うわけがないんです。『風の歌を聴け』の中に、デレク・ハートフィールドという架空の作家が出てきて、その作品のひとつに『気分が良くて何が悪い?(What's Wrong About Feeling Good?)』というタイトルの小説がありますが、まさにそれが、当時の僕の頭の真ん中に腰を据えていた考え方です。気分が良くて何が悪い?
(中略)

 そういう姿勢が徐々に変化を見せてきたのは『羊をめぐる冒険』(1982)を書き出した頃からです。このまま<気分が良くて何が悪い>みたいな書き方ばかりしていたら、職業作家として、たぶんどこかで袋小路にはまり込んでしまうだろうということは、自分でもおおよそわかっていました。今のところその小説スタイルを「斬新なもの」として受け止め、気に入ってくれている読者だって、同じようなものばかり続けて読まされれば、そのうちに飽きてくるでしょう。「ええ、またこれかよ」みたいなことになるはずです。もちろん書いている僕自身だって飽きてきます。

 それにだいたい僕は、そういうスタイルの小説を書きたくて書いていたわけではありません。正面から四つに組んで長編小説を書くための文章技術をまだ持ち合わせておらず、とりあえずそういう「すかす」ような書き方しかできなかったから、そういうタイプのものを書いていただけです。その「すかし方」がたまたま目新しく新鮮であったということです。

 ただ僕としては、せっかくこうして小説家になれたのだから、もう少し深く大柄な小説を書いてみたいと考えていました。でも「深く大柄な」といっても、文芸的にかしこまった小説、いかにもメインストリームな文学を書きたいということではありません。書いていて自分で気分が良くて、しかも同時に正面突破的な力を有した小説を書きたかった。僕の中にあるイメージを断片的に、感覚的に文章化するだけではなく、僕の中にあるアイデアや意識を、もっと総合的に立体的に文章として立ち上げていきたいと考えるようになったわけです。

 僕はその前の年に村上龍の長編小説『コインロッカー・ベイビーズ』を読んで、「これはすごい」と感心したのですが、でもそれは村上龍にしか書けないものです。また中上健次のいくつかの長編小説を読んで、やはり深く感心しましたが、それまた中上さんにしか書けないものです。いずれも僕が書きたいものとは違います。当然のことながら、僕は僕として独自の道を切り拓いていかなくてはなりません。僕にしか書けないものを書いていかなくてはなりません。


村上さんの目指すのは「深く大柄な」小説ですか・・・・村上さん、待ってるでぇ♪
(次期のノーベル文学賞作家に向かって軽口叩いてすんまへん)

『職業としての小説家』1
『職業としての小説家』2
『職業としての小説家』3

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