「悪の枢軸」関連ニュース2 ③

<「悪の枢軸」関連ニュース2>
中国が中国包囲網に対抗して、北朝鮮、イラン、その他アフリカの独裁国家との関係を札束ではりとばして強化しているが・・・・それこそが友好国がいない「悪の枢軸」とでも言える由縁である。
日本の安全保障のために、そのあたりの情報を集めてみます。
なお昨今とみに、中国への傾斜を強める韓国についても、取り上げます。
韓国には伝統的な恨500年という性癖があるし、謝罪に対してはムービング・ゴールポストといわれる頑な性癖もある。いずれも中華の蹂躙に晒されてきた性癖であり、論理ではないのである。

ハンギョレ新聞が冷静な論評を載せています。

2015.4.8「過去の緊張や現在の政治より未来に目を」シャーマン次官に続き米高位当局者の共通認識より
 「(韓日間の)協力による潜在的利益が、過去の緊張や現在の政治より重要だ」

 就任後、初の東アジア訪問に出たアシュトン・カーター米国防長官は、日本を訪問した8日に公開された読売新聞とのインタビューで直接的に韓国を圧迫した。 カーター長官は「米国はこの関係(韓日関係)に存在する歴史的敏感性を十分理解する」としつつも「我々3カ国(韓米日)は未来に視線を転じなければならない」と強調した。事実上「歴史問題は覆っておこう」と求めるものなので、韓国に及ぼす外交的衝撃は侮れないと見られる。 カーター長官は9日から11日まで韓国を訪れる。

 カーター長官の発言は、現在進行中の韓日軋轢の責任を主に韓国側にあるとしている。 米政府当局者や専門家らは「中国の浮上」を牽制するための韓米日安保協力の必要性を強調する時、「潜在的利益を考慮して未来に視線を転じよう」という外交的修辞を使う。 韓国政府が過去の問題にしばられている状況が韓日関係、韓米日軍事協力強化の障害物として作用していると考え、過去の棚上げが米国政府の具体的要求となった。 また、彼が「現在の政治」に言及した点は、朴槿恵政権が国内の政治的支持を維持するため韓日関係の悪化を放置しているのではないかという不満が根底にあるものと見られる。

 カーター長官の発言は、「いかなる政治指導者も過去の敵を非難することによって安っぽい拍手を受けることは難しくない」という2月末のウェンディ・シャーマン国務部次官の演説と同じ流れの中にある。 当時のシャーマン次官の演説が、単純に一回きりの性質ではなく、“失敗”でもなく、韓国政府と韓日関係に対する米当局者の共通した認識だということがわかる。

 韓国に対する圧迫を通じて米国が北東アジアで達成しようとしている戦略的目標は、中国を念頭に置いた地域ミサイル防御(MD)システムの構築だと言える。 カーター長官は今回のインタビューで、韓米日3国が昨年12月末に「北朝鮮の核とミサイル威嚇に関する3者情報共有約定」を締結した事実に言及して「この重要な両国(韓国と日本)同盟と今まで例を見ない情報共有の努力を具体化し、その機会を得たと考える」と明らかにした。 情報共有約定は3国間ミサイル防御網協力体制の根幹として知られている。

 カーター長官はまた「3国(韓米日)安保協力を強化することは、米国の「アジア・太平洋再均衡」政策の核心要素だ。 日本はこの努力で重要な役割を受け持つ」として、今後米国の対中牽制構図で日本の軍事的比重を大幅に高めると公式に述べた。 日本が推進している集団的自衛権の拡大は、米国が一貫して要求してきたことであり、日本の安倍晋三政権が積極的にこれを受け入れたことに対する一種の肯定的回答であるわけだ。

 米国と中国の間に挟まれ、高高度防衛ミサイル(THAAD)配備問題で頭を痛めている朴槿恵政権は、今回は米日間に挟まれ“雪隠詰め”になった。日本が中学校教科書と外交青書などを通して連続的に独島領有権主張を強化している状況で、米国政府まで過去の問題について日本寄りの姿勢を示しているためだ。“過去と安保”を分離しようとする米国の立場と、過去と安保を分離できない圧倒的な国内世論の間で折衷点を求めることも容易ではない。外交的側面でも、国内政治的側面でも“総体的失敗”という分析が出てくる理由だ。東京/キル・ユンヒョン特派員、イ・ヨンイン記者



リー・クアンユーvs朴正熙という考察に意義はあるだろうが・・・
朴正熙以外の元大統領を引き合いに出す記者には、論理の飛躍(あるいは論理の破綻)が見られるようです。
やはり、論理より情理の国なんでしょうね。

2015.3.29リー・クアンユー氏が韓国の大統領だったならより
 人々はシンガポールを快適で安全な一流先進国だと感じており、それはリー元首相のおかげだと認めている。「リー元首相はシンガポールを清廉な国に育て、朴元大統領はそれができなかったために評価が異なる」と言う人もいる。そういう点もあるだろうが、朴元大統領も少なくとも彼自身は私利私欲を追求する人ではなかった。亡くなったときに身に着けていた肌着は着古したものだった。

 シンガポールで、ある老人がリー元首相の遺影に向かって泣きながら敬礼した。彼は「私たちは反対もしたが、結局は彼が正しかった」と語った。「結局は彼が正しかった」というのは「今でも彼がしていたようにしなければならない」というのではなく「そのとき彼が選んだ道が正しかった」という意味なのだろう。今の韓国で「結局は彼が正しかった」と認める姿勢がどれほどあるのだろうか。

 私たちは、シンガポールの人々が夢見ることさえできない巨大な製造業と進んだ技術を持っている。また、シンガポールの先を行く民主主義を実践している。それは、韓国にも「結局正しかった彼ら」がいたためだ。

 植民地からの解放直後、混沌の最中に大韓民国建国を決断した李承晩元大統領、数千年の貧困の足かせを断ち切った朴正熙元大統領、民主主義の信念を守った金大中元大統領、金泳三元大統領が「結局正しかった彼ら」だった。
 互いに意見は違っても「結局彼が正しかった」という歴史だけは認めることができたなら、それだけでも国は大きく変わると信じている。




2015.3.23駐韓米大使襲撃事件 中国の台頭で揺らぐ、韓国の米国観より
 米国のマーク・リッパート駐韓大使が3月5日朝、ソウル都心の世宗文化会館での朝食会に出席した場で、果物ナイフ(全長25センチ)を持った金基宗容疑者(54)に襲われ、右頬を80針縫う大けがを負った。日本でも1964年、エドウィン・ライシャワー駐日米大使が暴漢にナイフで襲われて重症を負う事件が起きているが、近年は、同盟国の首都で米大使が襲われる事件は起きていない。それだけに、国際社会に大きな衝撃を与えた事件だった。

金容疑者は、2010年にはソウル市内で講演した日本の重家俊範駐韓大使に石を投げつけ、外国使節に対する暴行の罪で懲役2年、執行猶予3年の有罪判決を受けたことがある。かつては竹島問題などで日本を非難する活動を熱心にしていたが、最近は、対米非難に重心を移していた。07年には、青瓦台(大統領府)前で焼身自殺を図ったこともあり、警備当局には要注意人物と見られていた。リッパート大使を襲った際も、地元の警察署の警官が金容疑者を見つけて主催者に排除するよう忠告したが、結果的に間に合わなかったという。

 金容疑者は現場で取り押さえられた際、始まったばかりの米韓合同軍事演習への反対などを叫んだ。演習を「北朝鮮侵略のためのもの」と決めつけて反発する北朝鮮の主張に通じるものであることもあり、韓国政府と与党は事件翌日には「(北朝鮮に追従する)従北勢力が起こした事件」だと断定。捜査当局は、国家保安法の適用を念頭に置いた捜査を進めている。

<かつて、韓国には反米感情などなかった>
 金容疑者が「従北勢力」かどうかは、今後の捜査などを見ないと分からない。ただ、「反米的な傾向を持つ民族主義者」だとは言ってもいいのだろう。ところで、韓国における「反米」というのは、実は、それほど長い歴史があるわけではない。極端な言い方をすれば、かつての韓国には反米感情というものが存在しなかったのだ。

在韓米軍兵士による凶悪事件や交通事故は昔もあったけれど、韓国では、それが大きな問題となることはなかった。朝鮮戦争(1950~53年)で北朝鮮軍に攻め込まれ、全土が戦場となった記憶が強く残っていた時代の韓国では、韓国防衛のために3万7000人の戦死者を出した米国を「命の恩人」とする意識が強かった。現在でも、当時を知る高齢者や保守派の人々は、日本の植民地支配から韓国を解放し、朝鮮戦争で韓国を守ってくれたという「感謝の念」を米国に対して抱いている。

韓国のキャリア官僚の研修機関である国防大学校の2001年優秀論文集に「反米感情が国家安保に与える影響」という論文が収録されている。この論文によると、朝鮮戦争から10年余り後の1965年に駐韓米国公報院がソウルで行った世論調査では、68%の人が「一番好きな国」に米国を挙げた。「米国が嫌い」という回答は1%だけだった。こうした傾向は1980年代初めまで続き、韓国紙・東亜日報による1981年の世論調査でも、米国を「好き」が69%であり、「嫌い」は3.3%に過ぎなかった。

<光州事件を契機に、米国への懐疑心が台頭>
親米一辺倒だった韓国社会の空気が変わる契機は、1980年の光州事件だった。

 18年間に渡って独裁を続けた朴正煕大統領が1979年10月、側近によって射殺されたことで、韓国政治は激動期を迎えた。独裁体制が終わったことで民主化を要求する声が高まり、「ソウルの春」と言われる自由な時期が訪れたのだ。一方で、危機感を抱いた新軍部と呼ばれる全斗煥将軍(後の大統領)らのグループは同年12月に「粛軍クーデター」を起こして軍内の実権を掌握し、その後、戒厳令を全国に敷いて民主化要求デモを抑えようとした。

 その過程で起きたのが、野党の有力指導者である金大中氏(後の大統領)の強固な地盤である光州を舞台にした光州事件だった。光州では1980年5月、新軍部による金大中氏逮捕などに反発する大規模なデモが連日のように行われ、新軍部は特殊部隊を投入して武力で鎮圧した。犠牲になった市民の数は少なくとも200人、家族が行方不明になったと申告した人も300人を超えた。

 韓国軍の指揮権は当時、在韓米軍が握っていた。民主化を要求する学生や知識人の間には、韓国軍による武力鎮圧を米国が承認したか、少なくとも黙認したという疑念が生まれた。

<「親米」のねじれた「反米」>
そして、同年12月に光州のアメリカ文化院への放火事件が起き、82年3月には釜山のアメリカ文化院が放火された。85年5月には、ソウルのアメリカ文化院に大学生73人が乱入し、立てこもる事件が起きた。

 ただ当時の「反米」はまだ、ストレートな反米感情とは言えなかった。当時、ソウル大で学生運動のリーダーを務め、投獄された経験を持つ男性は、一連の事件は「反米運動ではなかった。むしろ心情的には親米とも言えるものだった」と話す。

 人権や民主主義のチャンピオンであるはずの米国が新軍部や全斗煥政権を支持するのは道理に合わない。だから、「軍事独裁政権を支持しないでほしい。本来あるべき米国の姿に戻ってほしい」と訴えかけようとしたのだという。

 この男性の後輩で、ソウルの文化院襲撃事件に関与したとして投獄された金民錫氏(元国会議員)も、「米国を信頼していたのに、米国を友邦だと信じていたのに、米国は民主主義を保護しなければいけないのではないのか、という思いがあった」と振り返った。

<米国を特別視する「もう一つの背景」>
 前述の論文「反米感情が国家安保に与える影響」は、日本の植民地支配からの解放者であり、朝鮮戦争で韓国を救ってくれた米国は、韓国人にとって特別な国だったとしたうえで、「米国を特別な国として認識するようになったもう一つの背景」に言及している。

 筆者が挙げた背景とは「韓国の伝統的な対外関係」である。その部分を引用してみよう。

【過去において、韓国と中国の間では、弟が兄に仕え、兄は弟の面倒を見る「兄弟」のような事大関係が主要な外交形態だった。韓国人たちは、このような役割を米国が代わりに引き受けることを期待したし、韓国が厳しい時は米国が助けてくれると考えた。そして(韓国が)権威主義政権の時は、民主化へと進むように米国が圧力をかけてくれることを期待した。ある意味では、韓国人たちの間に生まれている反米的な見方は、米国がこのような韓国人たちの期待を満たしてくれることが出来ない上に、経済的な圧力を加えることに対して残念がる感情が内包されていると見ることが出来る。】

 文中の「経済的圧力」は、米国による市場開放圧力や在韓米軍の駐留経費で「応分の負担」を求められるようになったことを指す。米国にすれば、経済成長を遂げた韓国には負担を求めることが可能になったというだけのことだが、論文は「韓国側は米国の態度を批判し、米国は韓国の態度に不満を持った」と指摘する。

 事大主義は、中国を宗主国とした朝鮮時代までの伝統を背景にしたものだ。論文の指摘は、80年代に「反米」とされた学生運動に身を投じた人々の証言と見事なまでに重なってくる。こうした感情が、米国に対する不満を韓国社会に広めたと言えるだろう。



2015.3.20「こちらに来るなら3月中」と韓国を急かす中国より
<対韓融和派を傷つけた>
Q:大使襲撃事件により、米国は韓国への姿勢を変えるでしょうか?

木村:短期的には大きな影響はないでしょう。米国は1人の跳ね返りの犯行に怒って、韓国への政策を変えるほど「子供」ではありません。

 でも構造的、あるいは長期的には影響が出るでしょう。犯人は大使、それも「米中間で板挟みになりがちな韓国の立場にも配慮すべきだ」と説いていた対韓融和派の大使を傷つけてしまったのです。この結果、ワシントンで対韓政策を決める際の勢力バランスが変わる可能性があります。

 朝鮮半島には関心が薄かったオバマ大統領も、この事件で朝鮮半島情勢、とりわけ韓国社会の雰囲気の変化に注目したことでしょう。

「3・1節デモ」がいみじくも示したように、韓国の「反日」は「反米民族主義」をカモフラージュする側面が強い。それに気がついた米国人も多いと思います。

 実際、米専門家の間では事件前から懸念が高まっていて、生え抜きの外交官であるシャーマン国務次官が韓国に対し「安易な民族主義の利用はやめるべきだ。そうでないと外交を誤ることになる」と警告したばかりでした。

<被害者ぶるな>
鈴置:米国はこの事件をテコにして、朴槿恵政権の「二股外交」や「離米従中」をやめさせるつもりでしょう。

 3月8日にリッパート大使が入院先で語った「これは米国への攻撃だ。米韓同盟を一層強固にすべきだ」 との発言がそれを物語っています。

 以下は私の見立てです。まず、米大使は「米国への攻撃だ」という言葉で「お前ら韓国人は被害者ではなく、加害者だろう。責任転嫁するんじゃない!」と叱った。

 韓国紙が社説で「大韓民国へのテロだ」などと自分も被害者になりすまそうとしていたからです。

 さらに米大使は「米韓同盟を強固に」という文言で「米韓同盟を維持したいなら、二股外交をやめろ。終末高高度防衛ミサイル(THAAD=サード)の配備ぐらい、さっさとのんだらどうだ」と要求した――と読めるのです。

 韓国人もその辺の感じはよく分かっている。日本人に向かっては「雨降って地固まる」などと強がってみせます。でも内心は、米国の顔色を必死でうかがっています(「『米大使襲撃』で進退極まった韓国」参照)。

<THAADで与党と青瓦台が対立>
Q:被害者が言うならともかく、加害者側が「雨降って地固まる」というのも、すごい話ですね。

鈴置:そこが韓国人の韓国人たるところです。米国にすれば、逆手にとって「だったら地面を固めて見せろ。THAAD配備に直ちに賛成しろ」と突っ込めるわけですが。

木村:文字通り、大使襲撃事件が韓国にとって「中国側に行くのか、米国側に残るのか」の踏み絵となってしまいました。

 保守の与党、セヌリ党執行部からは早速「米国のTHAAD韓国配備に賛成すべきだ」との声が上がりました。しかし朴槿恵政権はおいそれとのむわけにはいかない。

 朴大統領は習近平主席から「配備を許すな」と釘を刺されているからです。3月15日の与党と政府の政策調整協議会で、この問題も話し合いましたが、結論は出ませんでした。
 踏み絵を迫られたのは、政府や与党だけではありません。最大野党である新政治民主連合の文在寅代表は3月13日、フィナンシャル・タイムズ(FT)とのインタビューで「在韓米軍の役割は統一後も維持されなければならない」と語りました。

 THAADに関しては言及しなかったようですが、次期大統領選挙もにらんで「右」に翼を広げた格好です。THAAD配備に柔軟な態度を見せる伏線かもしれません。

<始まった国論の分裂>
鈴置:米大使襲撃事件の直後は「進歩派によるテロ」と批判され、一瞬はうろたえた左派ですが、反撃に出ました。

木村:左派からは「テロはよくないが、米韓軍事演習を減らせ」といった声も出てきました。

鈴置:左派系紙、ハンギョレの「韓国与党、従北世論つくりに続き、テロ防止法・サードまで推し進める」(3月9日、日本語版)や「米大使襲撃……それでも言うべきことは言おう」(3月13日、日本語版)がその象徴です。

木村:左派は反米色が濃く、総じてTHAAD配備に反対です。ただ、新政治民主連合は日本の民主党にも似て、様々のイデオロギーを持つ人が存在します。下手するとこの問題で分裂するかもしれない。

鈴置:それは保守も同じことですね。

木村:ええ、青瓦台と与党はさらに関係が悪化するかもしれません。韓国では国を挙げて「中国の言うことを聞くか、米国に頼るか」で国論の分裂が始まったのです。



2015.3.19韓国の対日工作を読むより
駐韓米大使襲撃事件で「反米民族主義」の復活が露わになった韓国。この変化をいち早く見切った木村幹・神戸大学大学院教授に聞く(司会は坂巻正伸・日経ビジネス副編集長)。
<「反日の日」に反米デモ>

Q:木村先生は3月5日のリッパート(Mark W. Lippert)米大使襲撃事件の当日、ソウルにおられました。韓国の空気はどんなものでしたか。

木村:まず、その4日前にソウルで繰り広げられた「3・1節」のデモに注目すべきと思います。「反米」が全面に出ていたのです。これには正直、驚きました。

 今回のソウル訪問の目的の1つは、例年行われるこのデモを観察することでした。米大使襲撃事件を考えるために、韓国の変化をくっきりと映したこのデモの話からいたします。

鈴置:1919年3月1日に起きた、日本からの独立運動が「3・1運動」。それをたたえるデモですね。この日は韓国では「反日記念日」です。

 私がソウルに住んでいたのは4半世紀前の話ですが、日本人はこの日は外出しないよう注意を受けたものです。一方、米国は日本から韓国を救ってくれた恩人。感謝されるべき日だったのですが……。

木村:だから、このデモで「反米」のメッセージが強く打ち出されたことに驚いたのです。今年はソウル大学医学部近くのマロニエ公園から、日本大使館そばの国税庁までデモ行進があるというので取材に行きました。

 集まったのは300人ほど。韓国の進歩派、分かりやすく言えば左派が組織したデモでした。しかもその中で、かなり過激な路線をとる主思派(チュサパ)――北朝鮮の主導原理である主体思想を信奉する流れのグループです。

 デモの先頭に掲げられたのは「反日の日」だけあって、さすがに日本を批判する「慰安婦」関連のプラカードでした。しかし次に出てきたのは「GSOMIA反対」。ここで反米色が一気に強まりました。


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