朝日デジタルの書評から63

<朝日デジタルの書評から63>
日曜日の朝日新聞に読書欄があるので、ときどき切り取ってスクラップで残していたのだが、これを一歩進めて、無料デジタル版のデータで残すことにしたのです。
・・・・で、今回のお奨めです。

・台湾の歓び
・オカザキ・ジャーナル

なお朝日新聞デジタルのサービスが向上したせいか、書評欄は掲載日に見られるようになっています。(たまに、遅れることもあるけど)
***************************************************************

台湾の歓びより
台湾

<自由を最大限与えてくれた土地:原武史(明治学院大学教授・政治思想史)>
 還暦になったとき、四方田犬彦は一つの決断をした。大学を辞め、日本から、いや国家そのものからしばらく離れることである。そして向かったのは、日本や米国や中国が正式の国交を結ぼうとせず、国家として認めていない台湾という地域であった。

 もちろん、完全なフリーになったわけではない。台湾の大学や研究所で映画史を講義する客員教授という肩書はついていた。しかし、永遠の旅人と呼ぶべき著者の足は勝手に動き出し、滞在していた台北や台南の市街を歩き回る。あるいは自転車に乗り、徒歩では行けないところまでくまなく回ってしまう。還暦を過ぎてなお少しも衰えない知力と体力と好奇心に、ただただ圧倒される。

 このような著者の本領が最も発揮されているのが、第二部の「黒い女神を求めて」である。海の女神で、航海の守護神でもある媽祖(マーツ)をまつる廟が台湾に多いばかりか、媽祖が民衆にあつく信仰されていることに気づいた著者は、毎年春に台湾中部の大甲から新港まで、媽祖像を乗せた大轎(みこし)とともに人々が巡礼の旅を行う進香という儀礼に参加した。
 数日間ほとんど不眠不休のまま歩き続けるなかで見えてきたのは、世俗的な時空から離脱し、個人性が棄却された恍惚感のなかで、あたかも媽祖と一体になったかのような境地であった。

 媽祖信仰は、台湾ばかりか中国大陸や沖縄、九州などにも広く分布している。ここには東アジアの民俗の「地下水脈」が流れているという鋭い直感が、旺盛な行動へと駆り立てる原動力になっているように思われた。

 四方田犬彦は群れない。学界の権威にもボスにもなりはしない。その徹底した生き方が、本書の伸びやかな文章を支えている。『台湾の歓び』の「歓び」とは、何よりもこうした自由を最大限与えてくれた土地に対してこそ向けられた言葉なのだろう。


四方田犬彦著、岩波書店、2015年刊

<「BOOK」データベース>より
数多くの民族と言語を抱えながら、きわめて実験的な文学や、洗練された映画を産み出してやまない台湾。その文化・社会とはどのようなものか。台北、台南を拠点に街を歩き、詩人、映画人らと対話を重ね、夜を徹した媽祖巡礼へ参加し、その尽きせぬ魅力について縦横に語る。長期滞在を機に書き下ろす、初の台湾紀行。

<読む前の大使寸評>
還暦を過ぎた四方田犬彦は、台湾という土地で、どのようなフィールドワークを見せてくれるのだろうか♪?・・・興味深いのです。

<図書館予約:未>

rakuten台湾の歓び



オカザキ・ジャーナルより
オカザキ

<この時代を射貫く空気感の塊:水無田気流(詩人・社会学者)>
 河川敷で殺害された中学生のやりきれないニュースを聞き、岡崎京子の『リバーズ・エッジ』(1994年)を思った。

 表層と内実のずれ、一見平穏な日常に潜む過酷な現実……それらを、岡崎はウィリアム・ギブスンの詩の一節を引き、「平坦な戦場」と呼んだ。あれから約20年経ち、漫画の中で放置されていた隠喩のような死体は、現実の中学生の悪夢となった。96年、日本社会にいよいよバブル後の低迷感が浸透した時期に事故で活動を休止した岡崎は、今の日本をどのようにながめているのだろうか……。

 この2冊は、「戦場」に至る岡崎の、貴重な道程である。『オカザキ・ジャーナル』は、91年から92年までのエッセイ、ならびに宗教人類学者・植島啓司との刺激的な化学反応を見せる往復通信を収録。
 80年代を「“解体と終焉、それに対する期待と待機”の時代」と呼び、「『平成』と『90年代』という解体と終焉にさえ見はなされた時代にどっこいそれでも私たちは生きています」と語る。
 
 鍵は「どっこいそれでも」にあり、と。海の向こうの戦争と、日常のピンチ、資本主義やメディア、旅行や買い物を並置していく岡崎の言葉。時代固有のものたちが、やがて時代を穿(うが)ち、突き立ってくる。

 『レアリティーズ』は、初期の未完成作品など、荒削りだがその分奇妙に鋭く時代をスライスしていく作品集。
 
 切られてちぎれて跳ねていくのは、性、愛、音楽、映画、文学、暴力……色とりどり。インディーズバンドのデモテープのように低密度な絵柄から繰り出される現実への接近戦は、軽くて薄くてせつなくて、でも爆発力は十分。女の子たちの堕落の果てに待つ有終の美を、せつなく魅惑的に、そして残酷に描く視点は、ずっと通底していたのだと確信する。やがて結実した「岡崎京子」を知る人も知らない人も、この時代を射貫く空気感の塊に触れてほしい。


オカザキ・ジャーナル:岡崎京子著、平凡社、2015年刊

<「BOOK」データベース>より
オカザキ史上“伝説の”二大連載エッセイ、初の単行本化!「週刊オカザキ・ジャーナル」(『朝日ジャーナル』1991~92年)に加え、宗教人類学者・植島啓司との往復通信「コトバのカタログ」(『広告批評』92~93年)を完全収録。軽くて甘くて少しだけせつないオカザキの真髄と、私たちの、いま。

<読む前の大使寸評>
時代を射貫く空気感の塊ねぇ・・・・
岡崎京子のマンガを読んだわけではないが、この賛辞を読んで、興味がわくのです。

<図書館予約:未>

rakutenオカザキ・ジャーナル


**************************************************************
<asahi.comのインデックス>
最新の書評を読む
ベストセラー解読
売れてる本

朝日デジタルの書評から62

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック