アポなし訪問、会えたらラッキー

リタイアを機に、携帯無しの生活を満喫している大使であるが・・・・
それは、かつての「アポなし訪問、会えたらラッキー」のどこかアナログな感覚が作用しているのだろう。
若かりし頃、パリで10ヶ月ほど窮乏生活をしたが、その頃のお話を思い出したのです。

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パリ

空港からタクシーに乗り、パリのカルチェラタン(ババン通り)についたのです。
行く先は遠い親類の家でしたが、今のように携帯電話がない時代だったから・・・・
当然、住所だけが頼りのアポなし訪問でした。
このときは在宅の親類に会うことができたが、それは結果がラッキーだったにすぎないわけです。
この親類が近くの安宿を教えてくれたので、そこに投宿し、私のパリ生活がスタートしたのです。
後で聞くと、このババン通りは画家も住むが、かなり危険な香りのする通りだったようだが、お登さんには知る術もなかったのです。

親類にとっては私を世話する義理もないし、私にしても親類の世話にすがるようなつもりも無かったのです。

で、もう一人の知人がバカンスをベルサイユ辺りで過ごすということで渡仏していいるので・・・
安ホテルの投宿仲間を伴って、ベルサイユまで住所をたどって、遠足がてら出かけたのです。
この投宿仲間はレユニオン島出身のインド人だったが、インド人がフランス語ペラペラなのに驚いたわけです。仏領のレユニオン島だから不思議でもないのだが。

このときは、残念ながら知人は不在だったので、書置きをポストに投函して帰るしかなかったわけです。
後日、この知人が安ホテルまで訪ねてきてくれたが、携帯のない時代だから、当然のこととして、アポ無し訪問でした。

このように、渡仏した際の拠り所は2件の住所のみという・・・
人情紙風船のような危なっかしい渡仏でした。

アポ無し訪問のお話を、もうひとつ。
同期入社の友達が、留学先のニューヨークから、パリの私を訪ねて来たことがあったのです。
この友人も、我が住所が頼りのアポなし訪問でした。
このときは、下宿先の大家のマダムと一緒に外出するため、アパルトメントの階段を降りているときに出会ったのです。
時間のずれがあれば不在の可能性が大きいわけで・・・これもラッキー♪

この友人は約1年の渡米留学を会社休職で敢行したしっかり者でしたが・・・
一方の私は、会社を辞めて根無し草のような渡仏でした。
その後、日本に舞い戻りフランス語を生かすこともなかった大使であるが・・・
この無計画なところが、いかにもアホやで♪

携帯電話のない頃は、会えるとラッキーという、まあ、なんともアナログの時代でした。でもね、アポ無し訪問を受けるのはサプライズであり、嬉しさも倍加するわけです。

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