『テリー・ギリアム映像大全』2

ギリアム監督の絵コンテがええでぇ♪ ということで・・・
テリー・ギリアム映像大全』を読み進めています。
大使の場合、やはり映像美術という見方になりますが、そのエッセンスを紹介します。

ジャバーウォッキーという竜のような怪物が、ギリアムを魅了したようです。

<ジャバーウォッキー>p61~67より
ジャバーウォッキー

 それは映画作家ギリアムの頭の中をぐるぐるとめまぐるしく駆けめぐるある詩句にインスパイアされた作品だった。

駄馬魚鬼に気を付けよ、吾子!
 噛みつく顎、掴みくる爪!
邪武邪舞の鳥に気を付け、
 たけりまく蛮駝支那魑に近寄るな!
(ルイス・キャロル『鏡の国のアリス』高山宏訳)

 ルイス・キャロルによる1872年のこの詩の大部分はナンセンスの最良の見本だ。操作された言語の韻をふんだコラージュはパイソンの一員ならば歓び勇んでとびつく類のものだろう。テリー・ギリアムにとってはそれは映画の素だった。「この詩と、それから『ホーリーグレイル』のために思いついて使わなかったいろんなアイディアとがあったんだ」とギリアムは映画の起源を振返る。「直線的なアプローチというものは僕には一切ないんで。この詩は基本的にナンセンス、意味をなさないものだけど響きがとても好きだ。きまぐれで音楽的でシュールレアルで、僕の中にあるものを魔法で呼び出してくれる、単に映像的なものだけでなくてね。とにかくぴたりとくるんだな」

(中略)
 周囲の人々の中には、それまでの10年間にわずか2本しか作られていない中世コメディに手を出すことでギリアムが意図的に自らを転落の道へと追い込んでいるように見る者もあったかもしれない。が、彼にとってそれは子供の頃から憧れ続けた世界であり、60年代、今やその故郷とみなす地、欧州への旅に彼を駆り立てた情熱の源でもあった。「要は大人になれないってことじゃないかな?」と監督は笑う。「騎士、お城、お姫さま、そして竜、退治しなけりゃいけないもの、続けられるべき探求の旅――これが基本的ジョセフ・キャンベルの世界。いつもこの世界が好きだった。中世の絵画も好きだし、当時の人々の想像力の働かせ方も好きだね。そこには奇妙な力をもつ者や悪魔たちが棲んでいる、そういう類の現実性、直写性、具象性をもつ想像力。とにかく映画を作るならこうしたビジュアルは最高じゃないか」
(中略)
 生身の人間の演出へと大きなジャンプを決めた元アニメーター、ギリアムは熱心にその映画のほぼ全シーンを絵コンテに落とし込もうとした。が、映画作家としてのキャリアを積むにつれ、便利なテクニックと感じたこの術に頼る率はより少ないものとなっていった。「僕によくあることのひとつは、ものを書こうとしている時に、絵を描き始めてしまっているってこと」と彼は言う。「絵コンテは僕にとって文章を書くのと同じなんで、絵を描いて物語っているんだ。別の方法でね。絵が僕に物語を教えてくれるから。描くって行為によってアイデアも変っていく。うまくいっている時は本当に魔法のようだね。
 『ジャバーウォッキー』の頃はまだまだ自信がなくて、絵コンテにすごく依存していたから、描いたとおりをスタジオで再現することにとても厳格にこだわっていたね」

(中略)
 1977年4月、映画が公開されると批評家たちはギリアムが実際、何かをつかまえているという点で一致した。もっともつかんだものの正体については誰も定かではなかったが。既成の価値を破壊する監督は映画をめぐるおなじみの窮地に陥っていた。肝要な点を明らかにするためギリアムはブリューゲルやボッシュのみっちりと描きこまれたキャンバスと自らの作品を好んで比べてみせる。彼の映画を批評するアメリカの評論家にも彼はまたこの指摘を試みたがあまりうまくは伝わらなかった。

(中略)
「ぜひ達成したいと思っていたことは『ホーリーグレイル』よりもうまく時代の雰囲気を出すことだった。それはうまくいったと思う」とギリアムはいう。「本物のグリム童話の世界を映画にしたかった。すごく凄惨なんだけど、何よりしたかったのはそういうものだったと思う。配給会社をなんとか説きふせ、ようやく土曜の朝の子供向け映画として見せることができたんだけど、子供たちはあの映画をものすごく気に入ってくれたね。ものごとに対するその開放性ゆえに子供たちはもっとも知的な観客だと、僕はずっと考えてるんだ。あらゆる映画で僕がしようとしているのは多分、大人をもういちど子供にするってこと。子供と同様に何かを体験できるようにしてやることなんだ」


ギリアム監督が『ブレードランナー』やシド・ミードのデザインに対する反動を語っているけど・・・・このあたりが大使のツボを突くわけです。


<未来世紀ブラジル>p109~116より
ブラジル

 テリー・ギリアムがロンドンに住んでいるのは好ましいことだ。無論、必ずしもロンドンである必要はない――どこでもいいのだ。ただハリウッドから離れているべきだと、賢明にも彼は心得ている。あの映画産業都市との関わりが意図せずその機構のばかばかしさを露出させていく以上、彼には距離が必用だ。良かれ悪しかれ映画を取り巻く物語は映画の描く物語を常に反映し、増幅させる――とのギリアム自身の考えが『モンティ・パイソン人生狂騒曲』につづく2本の映画ほど的を射ていたことはない。

『未来世紀ブラジル』そして『バロン』はともに銀幕上でも舞台裏のできごととしても現代映画界に大きな影響を残した2本となっている。前者は存在に報復する機構によってのっぴきならない状況においこまれ、抹殺される人間の物語で、システムに対するギリアムの批評となっている。2本目はほとばしる妄想が廃頽的蕩尽をめぐる現代メディアの話へと変る様を示した。細部を検討してみれば『バロン』は力強い作家の理論を空しいものとして、壮大な失敗としての生産過程をめぐるほとんど悲喜劇的な光景となってしまっている。一方『未来世紀ブラジル』は組織に対するひとりの人間の胸おどる英雄譚となっている。あるいは怪物ジャバーウォッキー(=ユニバーサル映画社)はデニス(=テリー・ギリアム)によって退治されたということもできるかもしれない。もっとも皮肉なことに『未来世紀ブラジル』の究極的な成果は、管理機構を変えたことではなく、それを宣伝したことにあった。

『未来世紀ブラジル』をめぐる闘争は意外にも映画会社の側を魅力ある存在とするのを助けた。かって観客は入場券の値段ならば知っているという程度のものだったが、今や彼らの多くが暗闇でポップコーン片手にみる映画の制作費やタレントの出演料まで心得ている。かりに『スター・ウォーズ』が現代映画界の景色を変えたとすれば『未来世紀ブラジル』はその事務処理を一変させた。
(中略)
「1940年代にアメリカで育った人間にとって、リオに逃げる、南アメリカに逃げるというのは、人にできるもっともロマンティックなことみたいな感覚があったんでさ。あの歌が僕にぐっときいたのはそのせいなんだ。要は逃避行ってことなんだな」監督は後にその映画を“ハムステッド初の1500万ドル級市民映画”と銘打ったもした。これは関係者の多くがロンドン北部の地にほとんど隣接して住んでいたことにちなんでのことだった。
(中略)
 ジョージ・オーウェルの『1984年』の影響はきわめて明らかとみえる。「でも『1984年』を読んだことはないんだ」といささか誇らしげにギリアムはいう。「ただある種の著作が僕をひきつけるのは、読んでなくてもわかってしまえるって点なんだよね。そのくらい原型的なイメージだってことだろうな」影響としてはオーウェルよりもフランツ・カフカだとギリアムは強調し、“虹を掴む男ウォルター・ミティとカフカが出会った映画”と評してもいる。後に彼は記者の助言にしたがって「フランク・カプラとカフカが出会った映画」とこれを修正した。
 
(中略)
『未来世紀ブラジル』の撮影は1983年11月に開始された。3ヶ月にわたるロケがパリの巨大なポスト・モダン様式のアパート地区マルヌ・ラ・ヴァレで行われ、その冷ややかな街路と小奇麗なデザインはサムのアパートの基調を提供した。『未来世紀ブラジル』の多くの視覚的様式はギリアムのぬけめないロケ地選択に負っていた。なかには当時、未開発のロンドン港湾地区もふくまれ、そこにある廃棄された発電所の冷却塔は、サムの究極の家となる拷問室のロケ地を監督に与えている。映画の主要なセットはロンドンのウェムブリーにあるリー・インターナショナル・スタジオに組まれ、懐かしのLWT撮影所は『笑わせ方心得てます』でギリアムが最初にテレビの仕事に手を染めた地でもあった。
 プロダクション・デザインのノーマン・ガーウッド、特殊効果監修ジョージ・ギブス、そして美術監督ジョン・ベアードとの密接な作業をとおしてギリアムは『未来世紀ブラジル』の独特の世界を造りだしていった。それは過去に根ざしたありうべき未来の様相、あるいはギリアムが時に用いる表現をかりれば“現在のB面”だった。『未来世紀ブラジル』のデザインに、そして実は映画全体にも大きな影響を与えた1本がリドリー・スコット監督作『ブレードランナー』だった。

「テクノロジーを創出しようとしてたんだよね」とギリアムは述懐する。「そういうことが多すぎるとは思うんだけど、これもまた何かへの反動なんだ。つまりここでは『ブレードランナー』への反動。『ブレードランナー』は本当に僕をわくわくさせたけど、それからがっかりもさせたんでね。これに対する反動ってわけ。あの映画ではミド・シードにすべてのデザインをさせた。それで突如、大作にはどれもデザイナー、デザイナー、デザイナーって感じになってしまった。あらゆるものがコンセプト重視のデザインになってさ。だからそうした流れへの反動として僕らはもっと自然発生的な方法でいこうとしたんだ。特殊効果監修のジョージ・ギブスが古い伝送式写植機を改造した。各25ポンドで手に入れたんだから最高だよね。だけど機体の覆いがこれについていたんで『はがしちゃおうよ』と僕がいってさ、いい感じになったから今度は『この上にTVスクリーンをつけよう』ってね。それで見つけうるかぎり最小のスクリーンをこれまた囲いをはずして。で、機体に設置するのに支えが必要になってさ。まあひとつの彫刻を大勢でこねくりまわすって感じかな。かなりのところまであの映画はそんな方法で作っていったんだ。結果的にデザインしたんでは決してできないルックを獲得できた。頭だけでできる仕事じゃないし、ひとつ頭脳から出てきた仕事でもなかったから」


コマーシャルフィルムで糧を得ていたリドリー・スコット監督はエドワード・ホッパーの絵を意識しているそうだが、一方、漫画、アニメーションからスタートしたテリー・ギリアム監督はブリューゲルやボッシュの絵を意識しているそうです。
おふたりの映画作品にその好みがなんとなく表れているように思います。

田舎の子を自認しているギリアム監督はもしかして、都会的なものにコンプレックスがあるのかもしれないが・・・・『ブレードランナー』を賞賛しつつも、そのコンセプト重視の映像美に「反動」して、コラージュ手法を駆使した未来のITマシーンを創造したりしています。
・・・・ええ味出てるでぇ♪(笑)

ちょっと横道。ジャヴァウォックの詩
未来世紀ブラジル byドングリ

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック