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zoom RSS 『映画の言葉を聞く』3

<<   作成日時 : 2018/06/13 22:16   >>

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<『映画の言葉を聞く』3>
図書館で『映画の言葉を聞く』という本を、手にしたのです。
表紙の副題にもあるとおり、早稲田大学講義禄となっていて堅い本かと思ったが・・・
ぱらぱらとめくってみると、登場する映画人、その内容などの充実ぶりに驚くわけです。

【映画の言葉を聞く】


安藤紘平, 他、フィルムアート社、2018年刊

<「BOOK」データベース>より
名だたる巨匠から気鋭の若手まで、映画監督、俳優、テレビディレクター、プロデューサーなどの映像制作者たちが、実作をめぐって語る白熱の映画講義!

<読む前の大使寸評>
表紙の副題にもあるとおり、早稲田大学講義禄となっていて堅い本かと思ったが・・・
ぱらぱらとめくってみると、登場する映画人、その内容などの充実ぶりに驚くわけです。
rakuten映画の言葉を聞く

『七人の侍』


山田洋次vs橋本忍という日本映画界が誇るお二人の対談がいいではないか。「まだ、生きていたのか」と言っちゃあいけません。
p428〜434
<脚本を通じての、映画の真髄・表現の本質> 
この授業のきっかけは、山田監督との茶飲み話の際、監督の「橋本忍さんをお呼びできないかな」の一言からであった。登壇当時すでに90歳の御高齢であったが、その時期に映画『私は貝になりたい』の脚本を再度手掛けられておられたからである。日本の至宝とも言うべき、橋本さんと山田監督お二人の話が聞けるのならこの上もない。無理を承知でお願いに行くと「洋ちゃん(山田監督)となら出てもいいよ」と快諾頂いた。大学の授業だと言うのに、当日の教室には、噂を聞きつけた犬童一心監督など映画関係者が学生に交じって大勢詰めかけ、二度と無いであろうこの機会を聞き逃すまいと、いつもとは違う張り詰めた空気の中で始まった。(聞き手:安藤コウ平)

安藤:本日のゲストは、日本の誇る脚本家、橋本忍先生と、山田洋次監督です。

山田:映画監督の山田です。今日は橋本忍さんという、姿を見るだけでも値打ちのある方、日本映画の頂点にいらっしゃる素晴らしい方の謦咳に接する(そんな古い言葉、君たちは知らないかも知れないけど)機会です。『砂の器』(1974)の共同脚本家として、僕は橋本さんと名前を連ねていますが、そこで橋本さんの助手をしながら、どんなにたくさんのことを学んだことか。橋本さんは脚本における僕の先生、師匠です。
 その橋本さんがこうやってお元気に、若い君たちの前に一緒にいてくださることは、僕にとって信じられないくらい嬉しいことです。

安藤:橋本先生、今日は映画とはいったいどういうものなのかについてお話しいただきたく思っていますが、以前、黒澤明監督の『七人の侍』(1954)がどういう企画から始まったのかについて、たいへん面白いお話を聞いたことがあります。今日はそのことを改めてお伺いすることから始めていただけますか。

橋本:シナリオライターの受難の歴史のようでね、非常にひどい目に遭いました。『生きる』(1952)の撮影中に黒澤さんと打ち合わせをしているとき、「次は時代劇だ」ということになったんです。今までの時代劇は嘘が多いじゃないか、今度は本当のリアリズムで1本作りたいと。それが「侍の1日」という作品で、ある侍が(参勤交代で)城に上がったとき、些細なミスを犯してしまい、城を降りて家に戻り庭で切腹する・・・そういう話をやろうと言われた。

 たとえば侍というのは朝起きると、まず祖先の霊に一礼して、次に月代を剃るんだけども、そこでどういうふうに剃るのか。飯は何を食べていたのか。城へ出かけるときに供は何人くらいいたのか・・・そういうことについて、非常に調べものが多い話なので、まず僕は東宝の助手の連中を三人使っていろいろ調べ始めたわけです。僕は時代物って自信があったんですよ。国会図書館がまだ上野にあった時代で、徳川時代に関する資料がどの箱にどういう順列で詰まっていたのかまで知ってた。だから、簡単にわかると思って調べ始めたんだけど、なかなか資料が出てこない。 

 侍がお城へ上がったときにどういう仕事をしていたのか、どういう失敗をしたのかという記録はあまりなくて、さっきお話ししたような設定はなかなかできなかった。
(中略)

橋本:それを黒澤さんに渡したら、なんかね、息を殺してね、一枚一枚めくって読むんだよ。僕は正座して待ってたんだ。ずいぶん長い間、息の詰まるような読み方をして、読み終わったときに長いため息を吐いた。こんなに長いため息があるのかと思うほどに長かった。で、「橋本君よ、シナリオにはやっぱり起承転結ってのがあるんだな」と言われた。「頭から終りまでクライマックスだけで繋ぐってのは、シナリオにならないのだな」とね。僕がこの脚本を書いていて、途中でおかしいと思ったのはそういうことなのよ。「日本剣豪列伝」には起承転結がないの。全部が起承転結の「転」ばっかり。最初のワンシーンやツーシーンは面白いけど、だんだんつまらなくなる。

山田:クライマックスが七つも八つもある脚本だったと。

橋本:「ああ、これはえらいことになったな」と思った。「侍の1日」がおしゃかになっちゃって、これまた「日本剣豪列伝」もおしゃかでしょ。あの黒澤明と、当時売り出し中の新鋭のシナリオライターである僕の二人が揃って、なんでこんな間違いを起こしたんだろうって、二人ともしょぼんとなっちゃった。でも、黒澤さんがまだ諦めないんだよね。「橋本君よ、これはこれとしてね、こういう剣客たちではなく、名も知れぬ兵法者がね、武者修行として旅の費用もないのに全国廻ったってことをよく聞くけど、武者修行というのは実際にはどういうことだったんだろう?」って聞かれたんだ。

山田:黒澤さんはふと疑問に思われたんですね。

橋本:「黒澤さん、それなら調べりゃ簡単にわかるよ」って言ってね、本木という文芸部員に調べさせた。そうしたら、昔の兵法者っていうのは、道場がある所へ行くとそこで一手お手合わせをする。すると、その晩の飯はその道場が食わせてくれて、翌日は干し飯を貰える。お昼はそれで済まし、その日のうちにどっか次の道場にたどり着けばいいってことらしい。

 そこで、「じゃあ道場も寺院もないときはどうするんだ?」と聞いたら、本木はぜんぜん慌てずに「当時は、室町から戦国期に移行する一番世相の荒れた時期だ。だから、どっかの村に行ってね、夜盗に襲われないように一晩寝ずに番をすれば、百姓たちが飯を食わしてくれる」と言うんだ。このとき黒澤さんと僕はハッとして顔を見合わせた。で、黒澤さんが「いけるな」というから「いけます」と答えて、僕が「じゃあ、侍何人にしますか?」って聞いたら、「うーん、3、4人じゃ少ないし、8人じゃ多すぎるし、7人だな」って。「じゃあ、『七人の侍』ですね」って言うと「そうだ」って。

山田:その場でですか?

安藤:そんなに簡単に?

橋本:そう。僕もいけると思った。百姓が七人の侍を雇って、山賊と戦争する話だよ。黒澤さんも勢い込んで僕にね、「橋本よ、これはね、合戦ものだからト書きが多くなる。そのト書きはね、シナリオの形でなしに小説形の過去形をときどきとれ。シナリオの現在形の動きだけだと渋滞感がでる」と言われたのを強く覚えている。

山田:世界の映画史上に燦たる『七人の侍』は、こうやって生れたんだなあ・・・。橋本さんと黒澤さんが「これでいける」とニッコリしたときから、シナリオの完成まではどれくらいの時間がかかりましたか?

橋本:それが秋の終りで、そこから1月中頃までかかったんじゃないでしょうか。それを持って黒澤さんと決定稿を書くために熱海の旅館に60日くらい籠もっていたから、完成したのは3月の末から4月の始めだと思いますね。


『映画の言葉を聞く』2:撮影監督の瀧本さん
『映画の言葉を聞く』1:杉野希妃さん

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