カツラの葉っぱ 大好き!

アクセスカウンタ

zoom RSS 『老耄と哲学』3

<<   作成日時 : 2017/10/12 23:04   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

<『老耄と哲学』3>
図書館で『老耄と哲学』という本を、手にしたのです。
梅原猛さんといえば、哲学者そのものであり言ってることも難しそうではあるが・・・読んでみるか。


【老耄と哲学】
梅原

梅原猛著、文藝春秋、2015年刊

<「BOOK」データベース>より
縦横無尽の教養と好奇心、鋭い批判精神に基づき、卒寿の年を迎えてなお果敢に発言し続ける…20年を超える新聞連載「思うままに」シリーズ最新刊。

<読む前の大使寸評>
梅原猛さんといえば、哲学者そのものであり言ってることも難しそうではあるが・・・読んでみるか。

rakuten老耄と哲学


縄文文化について語られているので、見てみましょう。
p343〜348
東北海道の旅
私は40年ほど前から、縄文文化は日本の基層文化であり、日本文化に大きな影響を与え続けてきたと論じ続けている。日本で出土した最古の縄文土器は約1万4千年前のものであるという。とすれば、縄文時代は約1万2千年間続いたことになる。

 縄文時代の文化的遺物である縄文土器について、岡本太郎は「日本の芸術にはろくなものがなく、縄文土器のみが世界に誇るべき日本の芸術品だ」と論じた。岡本のこの信念は固く、彼は、藤原隆信が描いた「」「」を日本美術の最高傑作と誉め称えるフランスの大文化人アンドレ・マルローと激しい論争をした。近年、岡本は芸術家としても思想家としても再評価されているが、もしこの岡本の言葉が正しいとすれば、縄文人は以後の日本人よりはるかにすぐれた芸術品を創造することができたといわねばならない。

 私は岡本の縄文論を受け継ぎながら、その思想及び経済的土台について考察を続けてきたが、そのような芸術品を生み出す社会は経済的にかなり豊かであったのではなかろうか。

 狩猟あるいは漁労採集社会は農耕牧畜の開始以前の原始社会であり、甚だ文化の低い未開社会であると考えられている。そのような未開社会に住む縄文人がどうしてすばらしい芸術品を生み出すことができたのか。

 私は、日本の狩猟・漁労採集社会は豊かな社会であったと思う。日本は周りを海で囲まれ、特に東日本ではサケ・マスの遡上があり、甚だ豊かな食生活が営まれていた。このような地理的条件により世界でも稀にみる発展を遂げた狩猟・漁労採集文化が縄文文化であろう。そして縄文文化は森と海の文化であり、一切の生きとし生けるものとの共生を原理とする文化であったといえよう。
(中略)
 
 私は縄文文化を日本の基層文化ととらえたが、人間と他の生きとし生きるものとの共生を原理とする縄文文化は生態学的な知恵に満ちた文化と言わねばならない。環境破壊が進む現代社会の病を癒す文化として、ますます縄文文化が再考されるべきである。

 いわゆる和人はアイヌの人たちを、アメリカ人がネイティブ・アメリカンを扱ったような態度で扱った。西洋人であるアメリカ人とネイティブ・アメリカンは自然人類学的にも文化的にもまったく関係がないといえよう。

 アイヌの人たちと和人の自然人類学的類縁関係については人類学者、埴原和郎氏の説に従うべきであろう。和人もアイヌの人たちもモンゴロイドに属するが、埴原氏は、モンゴロイドは古モンゴロイドと新モンゴロイドに分類できるという。かつて地球は超寒冷期を迎え、アジア大陸北部のシベリアに住むモンゴロイドは酷寒に耐え生き延びるために身体的に変化したという。

 身体の表面積を少なくして体温を維持するために目が小さく、鼻は低く、手足が短くなったのが新モンゴロイドである。

 稲作農業をもって日本列島に渡来し、日本を稲作国にしたのは新モンゴロイド系の人たちであるが、それ以前から日本に土着していたのは古モンゴロイド系の人たちであり、古モンゴロイドは目が大きく、鼻は高く、手足が長かったという。とすれば、縄文人は古モンゴロイド、弥生人は新モンゴロイドに属することになる。

 「源氏物語絵巻」などを見ると、「引き目・かぎ鼻」すなわち目が細く鼻のちいさい女性が美人とされている。埴原氏によれば、西日本、特に近畿地方には新モンゴロイド系の人が多く、東日本、特に東北地方には古モンゴロイド系の人が多いというが、北海道に住むアイヌの人は典型的な古モンゴロイド系である。
(中略)

 文化人類学の重要な問題は宗教であるが、アイヌの人たちの宗教は日本の神道の原型であるといえる。神(カミ)はアイヌ語でカムイというが、カムイとは「上にいるもの」を意味し、アイヌ社会においては神はやはり天上にいるものと考えられている。日本語の「神」は明らかにカムイが変化したものであり、アイヌ語ではその語義が明白であるが、日本語では説明がつかない。

 アイヌの人たちは神に祈るときに必ずイナウを捧げる。イナウとは削りかけ、すなわち柳の木を削って作られた祭具であり、鳥をかたどったものである。人間がイナウに向かって神への祈りの言葉を述べると、イナウは鳥になって天高く飛び、天にいる神にその願いを伝えるという。イナウは神道の祭祀で用いられる御幣の原型であろう。御幣は木ではなく紙で作られているが、イナウと同じように鳥になって人間の願いを神に伝えるのであろう。


おお 岡本太郎については、奇しくも先日『岡本太郎と語る』をとり上げたばかりでんがな♪

『老耄と哲学』1:茨木のり子と金子光晴
『老耄と哲学』2:健康について

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 1
なるほど(納得、参考になった、ヘー)

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
『老耄と哲学』3 カツラの葉っぱ 大好き!/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる