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zoom RSS 『かわいい自分には旅をさせよ』1

<<   作成日時 : 2017/08/03 14:46   >>

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<『かわいい自分には旅をさせよ』1>
図書館で『かわいい自分には旅をさせよ』という本を、手にしたのです。
大使の個人的な浅田ブームの一環として・・・この種のエッセイ集も外せないなあ♪



【かわいい自分には旅をさせよ】
かわいい

浅田次郎著、文藝春秋、2013年刊

<「BOOK」データベース>より
京都へ、北京へ、パリへ、シチリアへ。世界は哀しいほどに深く、美しい。浅田流・旅の極意から、人生指南まで、心にグッとくる傑作随筆集。

<読む前の大使寸評>
大使の個人的な浅田ブームの一環として・・・この種のエッセイ集も外せないなあ♪

rakutenかわいい自分には旅をさせよ

北京胡同の四合院

この本のメインイベントともいえる箇所を、見てみましょう。
p60〜63
<『蒼穹の昴』を旅する> 
 『蒼穹の昴』は1996年4月に上梓された。執筆にはほぼ1年を要したと記憶しているが、内容の密度と1千800枚という長さからすれば、純然たる書き下ろしとはいえ相当に早い筆である。しかも当時の私は専業作家ではなく、同時期には『プリズンホテル冬』や『天切り松 闇がたり』も書いていた。顧みてわれながらよく頑張ったと思う。

 書斎というものをまだ持っていなかったので、昼間は会社の倉庫に立て籠もり、夜は家族が寝静まってから筆を執った。『蒼穹の昴』の登場人物たちが共有する真摯さ切実さは、こうした執筆環境がもたらしたものかもしれない。

 舞台のおおよそは19世紀末の北京である。しかし意外なことにはこの長篇の執筆をおえるまで、北京に行ったためしはなかった。

 若い時分から文学とはまったく別に、中国近代史を学んでいた。京都大学の宮崎市定先生のご研究を中心として、科挙制度や官僚制度について調べ続けていた。その知識を本業の文学と合体させた結果が『蒼穹の昴』であって、まさか小説を書かんがために付け焼刃の学問をしたわけではない。

 取材の旅に出なかった本当の理由は、私が内心この小説を、小説の形を借りた論文だと考えていたからであろう。小説に取材は不可欠だが、学問は机上の研究の成果だからである。

 既にお気付きの方も多いと思うが、主人公の李春雲は、晩年の西太后に仕えた大総管太監「小徳張」がモデルとなっている。ただし参考にしたという程度であって、実在の人物である彼の人生に「春児」を当てはめたわけではない。正しくは西太后晩年の大総管は李蓮英であり、小徳張はその後を継いで隆裕太后の大総管となっている。

 そのほかにも、いかにもスキャンダラスな造りものめいたキャラクターが実在の人物であったり、逆にいかにも歴史上に実在したと見える人物が、私の空想の産物であったりする。さしずめ前者の典型は鎮国公裁沢、後者の代表は楊喜テイ先生であろうか。登場人物の実在と不在は、およそ半々というところである。

 さて、北京に旅した人はみな、この茫漠たる大地のただなかに、緑豊かな大都市が出現したことをふしぎに思うであろう。
 春は黄砂に被われ、夏は思いのほか蒸し暑く、秋は短く、冬は壕の水も凍る零下となる。けっして過ごしやすい気候ではない。

 ニューヨーク・タイムズの北京特派員、トーマス・バートンは言う。
 「砂漠の中のオアシスがいつの間にか町になり、都市になった。つまり、全く任意に造り上げられた人工的な都。たぶんその曖昧な正体が、この町の魅力なんだろう」

 北京の気候は、たしかに砂漠の中のオアシスを感じさせる。今から三千年前の周の時代、燕と呼ばれたこの地に召公が封じられたのが北京の起源である。交通と軍事の要衝ではあったが、少なくとも大都市を営むほどの恵まれた土地ではなかった。むろん今日も、その条件に適っているとは言い難い。

 北京に都が置かれた歴史はあんがい浅く、初めて副都をここに置いた王権は、十世紀に台頭した遼であろう。続いて12世紀の金を経て、13世紀に元のクビライがここを大都と定める。遼は契丹族、金は女真族、元は蒙古族の国であって、いずれも漢民族から見れば異民族の征服王朝であった。

 こうした起源をたどれば、われわれの感覚では条件が適わぬと思われる場所に、あえて北京という大都市が出現した理由は明らかである。彼ら北方民族から見ると、北京は「本土」に近い場所なのである。しかも彼らは農耕民族ではないから、首都が耕作に適した土地である必要もなかった。

 元の後を享けた明は純血の漢族王朝と言えるが、それに続く清はまたしても北方の女真族王朝である。つまりこの千年の間に中国を支配した王朝のうち、漢民族王朝は宋と明だけで、ほかはすべて異民族による征服国家であった。

 トーマス・バートンが言う北京の魅力とはこれであろう。そもそも定住地を持たぬ遊牧民族や狩猟民族が、不毛の砂漠のただなかに築き上げた都・・・それが北京の正体である。

 宦官になるためにみずから男性と訣別した春児は、糞拾いをしながら北京の胡同をさまよう。胡同とは北京市内を網の目のように被う小路のことである。「胡同」は漢字の語彙が不明であるから、おそらく北方語のアテ字であろう。元代の都市計画上の基本は、南北の幹線道路が大街であり、それらを東西に結ぶ道を胡同と称したらしいが、人口の集中とともに胡同は縦横無尽に延びてさながら毛細血管のごとく、北京全市を被ってしまった。

 胡同をあてどもなくさまようことを、「燕迷」と呼ぶ。北京の醍醐味である。夢見ごこちで胡同から胡同へと燕のようにさまよい歩くうちに、自分が誰で、どこで何をしているのかすらわからなくなってしまう。押し寄せる近代化の波に呑まれて、この胡同が著しく損なわれたことは何よりも悲しい。


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