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zoom RSS 『すべての愛について』1

<<   作成日時 : 2017/07/09 00:22   >>

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<『すべての愛について』1>
図書館で『すべての愛について』という本を、手にしたのです。
ぱらぱらとめくってみると、浅田さんと作家や役者たちとの対談集であるが・・・
武士道や戦争小説などを題材にしているところが浅田さんらしくて、ええでぇ♪



【すべての愛について】
浅田

浅田次郎著、河出書房新社、2006年刊

<「BOOK」データベース>より
恋愛、家族、ギャンブル、馬、ゼイタク、涙、まち、東京、日本…読書、小説。そして書くことへの、さまざまな「愛」について。作家・浅田次郎の本音。

<読む前の大使寸評>
ぱらぱらとめくってみると、作家や役者たちとの対談集であるが・・・
武士道や戦争小説などを題材にしているところが浅田さんらしくて、ええでぇ♪

amazonすべての愛について


山本一力との対談を見てみましょう。

<時代小説にみなぎる活力>p189〜192
浅田:僕も、まるっきり現代人の頭で時代小説を書いていますよ。それで、矛盾は少しも起きない。『五郎治殿御始末』は明治維新後の侍たちの姿を描いた作品ですが、現代の世相におもねって書いたわけではないんです。武士たちの大失業時代だった当時と、リストラ吹き荒れる現代がピッタリとあわさったというだけの話なんですね。

 考えてみると、明治維新というのはすごい時代でした。江戸時代は国民の20パーセントぐらいが武士階級でした。維新で、これが失職した。薩長藩閥の一部の人間を除くと、ほとんどが

―:単純計算でも当時の失業率は、20パーセントを超えていたことになります。

浅田:それに比べれば、失業率が5〜6パーセントという現代は、贅沢な時代といえるわけです。そして、職を奪われた侍の気持ちというのは、会社をクビになったサラリーマンの気持ちとほとんど変わらないでしょう。興味深いのは、戊辰戦争で当時たくさんの人が死にましたけど、明治になってからは大失業時代にもかかわらず侍が腹を切ったという話はあまり聞かないことです。新しい時代になったとたん、


山本:今の世の中は交通事故の3倍の、年間3万人もの自殺者がいるんですからゾッとします。

浅田:しかも、そのほとんどは我々と同世代の50代でしょう。彼らの悩みは、考えてみれば贅沢な悩みともいえるんです。かつて僕も山本さんに負けないぐらいの貧乏をしたつもりだけれど(笑)、何とか食うことはできましたから。ドーナッツ屋の裏へ行けば、今でも賞味期限切れのドーナッツが山のように捨ててあるでよう。僕は昔、捨てられようとしているドーナッツを「ください」と言って、貰って帰ったことがあるんですから(笑)。

山本:私はさすがにそれはない。

浅田:子供、喜びましたよ(笑)。ともかく、食えなかった人が大勢いた昔と違って、現代はそういう豊かな時代なんです。

山本:まったくおっしゃるとおりですね。飢え死にっていうのは、今の時代にはまずないわけですよ。今この世の中で死ぬ奴というのは、食うことではまくて死ぬことしか考えなくなる。

浅田:僕は、それをいろいろ分析しているんです。僕にも自殺した知人がいますし、その事情も知っていますから、「どうして死を選んだんだろう」と考えさせられるわけです。僕なりに結論を出してみると、そいつは勝ち負けを意識しすぎたんじゃないか、と思うのです。人生を勝ち負けだけで判断すると失敗するとどうにも救われない。敗北感に打ちのめされて、自殺を選んだんじゃないかと思っています。でもね、リストラされたり、会社がつぶれたことが敗北かといったら、これは少しも敗北じゃないですよ。

山本:まったく、私も同感ですね。人間何が敗北か、強いていえば自殺してしまうことが敗北だと思います。

浅田:勝ち負け意識というのは、戦後、日本に浸透したアメリカの論理だと思います。東京裁判では勝者が敗者を一方的に裁いたわけですが、以来、日本でも勝ちが美徳になってしまいました。今の世の中、一握りの勝者とそれ以外という構図ができています。かつての日本は、そんな世の中ではなかったと思いますよ。

山本:昔の日本人は、敗者の美学みたいなものを持っていましたね。

浅田:「判官びいき」という言葉があるぐらいで、負けた人間が世の中のクズという考えはなかったはずです。

山本:アメリカは、勝つか負けるか、まさにそれだけでしょう。典型的なのは、裁判だと思いますね。信じられないですよ。ハンバーガー食って太っちゃったからと言って、メーカーを訴えるだなんて。「正気か!」って俺たちの概念では思うんだけども。日本でも、どんどんややこしい訴訟が今起きてきているでしょ。いやな国だよねぇ。ほんとにもう(苦笑)。

浅田:人生は、全部勝敗で決まるわけじゃないですよ。勝敗を決めなくてもいい場合だって多いわけだから。自分が敗者だと思い込むというのが、いちばん怖いと僕は思いますね。

山本:ほんとに、そう思いますよ。

浅田:そりゃあね、僕も不渡り飛ばしたときは負けたと思いましたよ(笑)。

山本:浅田さん、不渡りやったの?

浅田:(不渡り)飛ばしましたよ。30歳のときに1億円の借金を持っていたからね。

山本:俺はいま2億円の借金だけど、それもすっげぇな。

浅田:そのときは負けたと思ったけれど、まだ若かったから百分の一は負けていないと思った(笑)。で、命がつながったのかもしれません。


江戸時代の倫理観が語られています。
p194〜195
山本:昔の人間は立派だったし、賢かったんですね。

浅田:ところが戦後、役人も政治家も実業家も、みな功利的になってしまいました。自分の保身ばかり考えるようになってしまった。

ー:浅田さんは、今回の作品の中で「武士の士魂がすたれれば、これからは万事がカネの世の中になる」と語らせています。

浅田:明治の人たちはそれをある程度予測していて、士魂商才であるとか和魂洋才をスローガンにして自粛していったんですね。だから近代日本は、うまくやっていけたと思うんです。

山本:なるほど。でもね、私は江戸時代のそういう文化や価値観というのは、世の中ずいぶん変わってしまったけれど、日本人の根っこには残っていると信じているんです。確かに今の世の中、嫌なことが多いですけど、私は揺り戻しっていうのを、絶対に信じていますね。根源的な生き方というのは、人間、変えられないと思いますよ、昔も今も同じ日本人なんですから。

ー:時代小説を書くうえで、当時の町並みや言葉遣いなどはどのように取材されていますか。

山本:私はね、高知でガキの時分に過ごした貧乏長屋を思い起こすと、時代小説がスムーズに書けるんです。なにしろ、高知の駅前に信号機が付いたというんで学校から見学に行ったという、すさまじい田舎で少年時代を過ごしていますから。

浅田:僕は東京生まれの東京育ちなんで、東京の古地図を調べたりすると、故郷を懐かしむ気持ちになって、それ自体が楽しみになったりします。あと、僕は東京オリンピック以前を記憶している最後の世代なので、意外と掘割がいっぱいあった町だというのも覚えているんです。そんな記憶を辿りながら書いていますね。町並みは変わってしまったけれど、江戸っ子の気性と言葉は僕の祖父母の代までは完璧に残っていましたよ。そういう意味では、時代小説は僕のじいさん、ばあさんを出してくるっていう感じがあります。


の記事も浅田次郎の世界に収めておきます。

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