『ねむり』1

<『ねむり』1>
図書館で『ねむり』という本を、手にしたのです。
ぱらぱらとめくるとカット・メンシックさんの挿絵が独特で・・・ええでぇ♪


【ねむり】


村上春樹著、新潮社、2010年刊

<「BOOK」データベース>より
覚醒する新世界。目覚めつづける女の不定形な日常を描いた短編『眠り』が、21年ぶりの“ヴァージョンアップ”を経ていま再生するードイツ語版イラストレーション、日本版のためのあとがきを収録した、村上世界の新しい「かたち」。

<読む前の大使寸評>
ぱらぱらとめくるとカット・メンシックさんの挿絵が独特で・・・ええでぇ♪


rakuten『ねむり』1


まず「あとがき」を、見てみましょう。
p90~92
<あとがき>
 僕がこの『眠り』(ここでのタイトルは『ねむり』となっている)という少し長めの短編小説を書いたのは、1989年の春のことだった。

 そのときのことは今でもよく覚えている。僕はそれまでしばらくのあいだ、小説というものを書けずにいた。もう少し正確に表現するなら、小説を書きたいという気持ちにどうしてもなれずにいた。その原因はいくつかあるが、大まかに言ってしまえば、当時僕がいろんな面において厳しい状況に置かれていたため、ということになるだろう。

 作家としても、個人としても、あれこれきついことが立て続きに起こった。あちこちでつらい思いもした。ちょうど40歳を迎えたばかりで、おそらくは年齢的にもそういう面倒が降りかかる時期にあたっていたのかもしれない。『ノルウェイの森』と『ダンス・ダンス・ダンス』という二つの長編小説が成功を収めた直後だったが、心が堅くなり、冷え込んでいるのが自分でもわかった。

 その頃はローマの、バチカンの近くのアパートメントを借りて暮らしていた。日当りのあまり良くない窓辺に机を置いて、外の賑やかな通りを眺めながら仕事をしていた。交際というようなものはほとんどなく、夫婦二人だけのとてもひっそりとした生活だった。

 小説を書く気持ちになれないので、前の年の秋に1ヵ月ばかり、カメラマンと二人でギリシャとトルコを車で旅行してまわり、その旅行記を書いた。けっこうタフな旅行で、痩せて日焼けしてローマに戻ってきた。そこで一冬を越し、やがて春がめぐってきた。そのあいだずっと、こつこつと翻訳の仕事をしていたと記憶している。

 でも、春が来て、外の光がだんだんと明るくなるとそれにつれて、自分の中でそれまで堅く凍りついていたものが、少しずつ柔らかくなり、融け出していることが感じられた。僕は机に向かい、ワードプロセッサーのスイッチを入れ、ずいぶん久しぶりに小説を書き始めた。そして溜まっていたものを吐き出すように、ほとんど一気に書き上げたのがこの『眠り』と、それから『TVピープル』だ。この二作品は僕の中でひとつのセットになっている。よく覚えてないのだが、たぶん『眠り』の方を最初に書いたような気がする。

 今読み返してみると、どちらの作品もそれぞれに、いつもの僕の短編小説に比べるといくぶんテンションが高いように感じられる。おそらくそのときの僕の心境が反映された結果なのだろう。しかしいずれにせよ、僕はこれら二つの短編小説を機に、もう一度小説家としての軌道に乗ることができたわけだ。そういう意味では深く心に残っている作品でもあり、僕にとってのいわば記念すべき作品となってもいる。
 これらの作品のことを考えると常に、春のローマの通りの光景が僕の脳裡に蘇る。
(中略)

『眠り』と『TVピープル』は「ニューヨーカー」誌に翻訳掲載され、評判も悪くなかった。再出発としては幸先が良かったということもできそうだ。



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