『群像(2020年6月号)』3

<『群像(2020年6月号)』3>
本屋の店頭で『群像(2020年6月号)』という雑誌を、手にしたのです。
表紙に出ている特集「多和田葉子」「翻訳小説」というコピーに太子のツボが疼くわけでこれは買うっきゃないで・・・
ということで久しぶりに雑誌を買い求めたのでおます。


【群像(2020年6月号)】


雑誌、講談社、2020年刊

<商品説明>より
[小特集 多和田葉子]
・インタビュー
「離れていても、孤独ではない人間たちの闘争」 聞き手・構成:小澤英実
・評論
「多和田葉子の『星座小説』--『星に仄めかされて』をめぐって」岩川ありさ

[特集 翻訳小説]
・アンケート「最新翻訳小説地図」

<読む前の大使寸評>
表紙に出ている特集「多和田葉子」「翻訳小説」というコピーに太子のツボが疼くわけでこれは買うっきゃないで・・・
ということで久しぶりに雑誌を買い求めたのでおます。

rakuten群像(2020年6月号)


「ハロー、ユーラシア:福島亮太」でJ・G・バラードや中国が語られているので、見てみましょう
p78~79
<2 球と道>
 アメリカほど華やかなものではないにせよ、ユーラシアも今や「夢」の工場に近づいている。地政学的なレベルで見たとき、ユーラシアにはかつてなく重要な意義が与えられつつある。習近平国家主席のもとで2010年代以降、一帯一路構想を掲げてきた中国は「新しいシルクロード」の興隆を目指して、中央アジアからヨーロッパに及ぶ広範囲に影響略を行使してきた。中国のイデオローグたちも、従来のグローバリゼーションとは異なる中国主導の「グローバリゼーション2.0」を礼賛するようになった。

 この中国の拡大戦略は、冷戦時代には認識の谷間にあった「ユーラシア」を改めて呼び覚ますものだろう。例えば、ケント・カルダーは「ユーラシアの再連結」がそれまでのグローバル化とどう違うのかについて、およそ以下のポイントを挙げる。

 第一に、漢代の西域経営にまで遡れる長い歴史的背景があること。第二に、ユーラシアはあまりにも巨大な大陸なので、中国からヨーロッパまでは海路よりも陸路のほうが距離的に近いくらいであること。第三に、ファーウエイやアリババの進出に象徴されるように政治工学的な物流インフラが重視されていることである。

 21世紀の「新しいシルクロード」はまさに「創造された伝統」そのもだが、その再創造はユーラシアという超大陸を工学的につなぐことによって実現されているのだ。この伝統と経済とテクノロジーの結合に、今日のユーラシアの「政治」がある。

 ただ、このような地政学的な話題はいったん脇において、今は言葉の次元に目を向けたい。ここで興味深いのは、中国がユーラシアを「帯」や「路」として捉えたことである。これはちょうど中国語でグローバル化を「全球化」と呼ぶことと好対照をなす。

 グローバル化が顕著に進んだ21世紀は、いわば地球が丸くなった時代である。より正確に言えば、人類にとって、地球の球体性がアクチュアルな問題として浮上してきた時代である。地球は平らではなく丸い。陸と海は宇宙からのさまざまな放射線を受けとめながら、球体として自己完結している。全世界をネットワーク化してつなぐことができるのは、まさにこの丸さゆえである。

 むろん「全球化」はそれ固有のリスクも孕んでいる。2020年のパンデミックは、地球の球体性を改めて印象づける出来事であった。いわばラディカルなリベラルであるウイルスは商業と交通のネットワークに乗じて、国境をやすやすと超え、人間と動物の境界を超えて、丸くなった惑星のなかを流通してしまう。人類は丸く鎖された地球で生きる限り、この危機から逃れることはできない。

 かつてカミュは『ペスト』(1947年)でアルジェリア海岸の鄙びた街がペストによって「監禁状態」になったさまを克明に描いたが、この前世紀の想像力は更新されなければならない。すなわち、21世紀においては、地球そのものが一個の恒常的な監禁システムであり、そのつどの危機に応じて、惑星のあちこちに一時的な監獄都市が出現すると考えたほうがよいだろう。

ウーム 武漢のような監獄都市が米中に出現した昨今であるが・・・
わりと早く危機を脱出したように見える中国共産党がクセモノなんだろうね。

『群像(2020年6月号)』1:翻訳小説に関する辛島デイヴィッドのレポート
『群像(2020年6月号)』2:多和田葉子のインタビュー




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