『神戸と平家』3

<『神戸と平家』3>
図書館で『神戸と平家』という本を手にしたのです。
我がドングリ国の名所旧跡といえば、平家に因むものが圧倒的多数であるのです。
・・・で、神戸と平家について、系統だてて読んでみようではないか。



【神戸と平家】


歴史資料ネットワーク編、神戸新聞総合出版センター、1999年刊

<「BOOK」データベース>より
平清盛による福原遷都をはじめ平家興亡の舞台となった時代の神戸を、永井路子、足利健亮、高橋昌明、保立道久ら多彩な執筆陣によりイメージ豊かに再現。

<読む前の大使寸評>
我がドングリ国の名所旧跡といえば、平家に因むものが圧倒的多数であるのです。
・・・で、神戸と平家について、系統だてて読んでみようではないか。

rakuten神戸と平家

七十一番職人歌合 琵琶法師


琵琶法師と神戸あたりを、見てみましょう。
p202~204 
<名所記に見る平家伝承の定着:大国正美>
 「生田の森」や「布引の滝」「須磨浦」は神戸を代表する歌枕で、盛んに和歌に詠み込まれた。ただ、歌枕は現地を訪れずに使うことも多い。貴族たちは空想の世界で、海と山に囲まれた兵庫津界隈をイメージした。

 しかし、神戸の地が源平の戦いの主要な舞台となって『平家物語』が作られ流布すると、地域のイメージはがらり変化した。公家政権から公家と武士の併存する政権へ、古代から中世へ時代が大きく動く時代。多くの血が流され、その物語は多くの涙を誘った。この章では、中世、近世を通じて平家伝承がどう地域に根を下ろしていったのかという課題を掲げ、能や神戸が民衆社会から認知される道に迫ってみたい。

■『平家物語』の語り手・琵琶法師と神戸
 平家の興隆から滅亡までの歴史を、叙事詩的な国民的文学にまで昇華させた立役者は、いうまでもなく琵琶法師だ。『平家物語』は、信濃前司行長が骨格を作り、正仏という盲僧に教え、正仏が節を付けたと『徒然草』や『当道要集』に書かれ、当初は三巻だったとも、六巻だったとも言われている。

 琵琶法師たちは有力者の屋形や路傍の市場で『平家物語』を哀調を帯びた琵琶の音に乗せて語り、中世人の心をつかんだ。語られる中で巻数が増え十二巻となったという。ただ琵琶法師の『平家物語』は、口承文芸ゆえに詞章が変遷するのは避けられない。

 その集大成を行ない、一応語りの『平家物語』を完成させたのは、南北朝時代の琵琶法師・明石検校覚一である。覚一は1371年3月、死去の3ヶ月前に、師から伝授された秘訣を一字も欠かさず、筆写させて定一検校に譲った。まちまちだった『平家物語』の詞章を統一し「平家物語覚一本」を生み出し、覚一流の開祖となったのである。
(中略)

 琵琶法師と須磨寺の結び付きも確認できる。須磨寺の古記録『当山歴代』によれば、1898年に権現堂の拝殿が新造されたが、その願主は、畠中に居住する覚一流の石見検校という琵琶法師だった。検校は座の中でも最も高い職名であり、石見検校も最上級の琵琶法師だからこそ権現堂拝殿の願主になり得たのだろう。

 語り手の琵琶法師が、舞台となる須磨寺と関係を持っていることが、地域と平家伝承の結び付きの強さを物語る。


「敵に後ろを見せるは卑怯なり。返せ返せ」

『神戸と平家』2:福原や大輪田泊あたり
『神戸と平家』1:清盛塚石塔

"『神戸と平家』3" へのコメントを書く

お名前
メールアドレス
ホームページアドレス
コメント